第一話「僕と彼女の青春ラブストーリー」

少し甲高い声で名前を呼ばれて僕が後ろを振り向くと、息を弾ませて走ってきた緑山百合の頬は紅潮していた。
赤いハイヒールに慣れていない百合の足は、心なしかむくんでいるようにも見えた。

「百合、今日もお疲れ様」

いつも大人しく控えめであまり表情を変えない百合が、こんなに感情を高ぶらせているのを見るのは、保育園の頃から長年一緒だった僕でも初めて見た気がした。
百合はハアハアと苦しそうにしながら、細い足の膝に両手を置いて呼吸を整えていた。
運動が得意ではないくせに、よほど嬉しいことがあったのだろうか。
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「ごめ~ん、遅くなって!」
「いや、そんなに待ってないから大丈夫だよ」
「ねえ、聞いて聞いて!あのね……」

興奮して楽しそうにしている百合を見るのは嬉しいことなのだが、何せここは人の多い駅地下だ。珍しく声が大きくなっている百合の側にいるのが少し恥ずかしくなった。

「ここは人が多いから、ちょっと場所を変えようよ」
「あ、そうね。じゃあ、いつもの公園に行きましょうよ」

地下から地上に出ると、夕方だというのにまだ明るかった。
今年の冬は例年より寒かったが、春になって急に気温が上がり出した。
雑踏の中、足早に家路に急ぐ人々の服装も華やいでいる。

僕と百合の故郷は雪国だ。昔は4月になっても雪が残ったりしていたものだ。
冬の日本海はどんよりとして重たい色をしていた。僕は海を眺めるのが好きで、高校から歩いてすぐの海岸に行っては、ぼーっと波の音を聞くのが日課だった。

「慎吾君、はいこれ」
「ありがとう」
「かんぱ~い!」

僕たちは、誰に遠慮することなく酒が飲める歳になっていた。そうは言っても、高校卒業して就職してから、隣の席の高橋さんに飲みに連れられて行ってたわけだが。

「今日はどうしたんだい?いつも冷静な君が珍しいね」
「ふふふ、さてなぜでしょう。当ててみてよ」
「うーん、そうだなあ。主任におごってもらったとか!?」
「それはないな。うちの主任はケチだから」
.
百合は地元の短大を卒業し、僕が住む横浜にやってきて1年が経つ。
僕たちの実家は100メートルも離れていない、いわゆる幼馴染みである。親同士も仲が良く、保育園から高校までずっと一緒だった。

何もない田舎暮らしが嫌だった僕は、高校卒業したら都会に出たいと思っていた。
僕は男ばかりの3人兄弟の末っ子だし、2番目の兄も神奈川で就職していた。
僕の会社は本社が東京だが、新しく立ち上げたソフトウェア事業部に配属され、横浜にある会社に出向している。

小さい頃から声優に憧れていた百合は、都会に出たくて仕方なかったのだが、彼女の両親はなかなか承諾してくれなかった。そんな彼女に助け船を出したのがうちの両親だ。
「うちの慎吾が側にいれば心配ないよ」と説得したのだ。つまり僕は、彼女のボディーガードみたいな存在なのだろう。

「で、何か良いことでもあったの?」
「うん、実はね……」

百合のアパートは僕のアパートから歩いていける距離にあり、時々会ってはよく話をしていた。お互いの友人と一緒にどこかに遊びに行ったり、2人で会って飲むこともあった。
仕事の話や、共通の趣味である漫画の話題で盛り上がったりしていた。
昨晩遅く、「見せたいものがあるから会いたい」と百合から電話があり、駅で待ち合わせをしていたのだ。

「昨日高瀬君に会って、手紙をもらったの」

百合は、いつも肩から下げている大きめの赤いバッグから白い封筒を取り出し、僕の膝の上に置いた。

「読んでいいの?」
「うん……」

人の手紙を勝手に他人に読ませてもいいものなのか、送った当人に悪いと思わないのかなと内心思ったが、百合はそういう事はあまり考えない人だ。小さい頃から、僕には何でも教えてくれた。
嬉しかったこと、悲しかったこと、好きになった先輩のこととかも相談してくる。彼女にとって僕は、兄のような弟のような、身内のような存在なのだ。あまりおしゃべりではない彼女だが、同じくおしゃべりではない僕に対してはいつも饒舌になる。僕は百合の話を「うんうん」と聞いて相槌を打つのが常だった。

それはラブレターだった。
男性から女性に出す手紙と言えばラブレターか別れの手紙だろうとは思っていたが、それはまさに、これからお付き合いを申し込むというラブレターの方だった。

差出人の高瀬君と百合は、3か月前に知り合った。紹介したのは僕だった。
僕たちは百合の友人の篠原久美子さんと4人で2回ほど遊びに行った。
ボーリングをしたり遊園地に行ったり映画を観たりした。

高瀬君は、ジャニーズにいてもおかしくないくらいの美男子である。百合も篠原さんも、高瀬君に惹かれている様子は見てとれた。彼は容姿だけでなく、話上手だから当たり前だ。
僕なんかはとても敵う相手ではない。

高瀬君は字も達筆だった。僕も字には自信があったが、彼の字は、まるでワープロで書いたような字で、見ていてとても気持ちが良い。
そして書かれている内容もオシャレだった。まるで詩人が書いたかのように情景が浮かんでくる。

緑山百合さんへ

突然のお便りをお許しください。
あなたに初めて会ったとき、遠い昔に会ったことがあるかのように、とても懐かしい気持ちになりました。
僕は横浜生まれの横浜育ちで、コンクリートに囲まれた中で生きてきましたが、あなたを見ていると、綺麗な夕日が穏やかな波に映えて僕の汚れた心を洗い流す母なる海が見えるかのようです。
あなたの美しい瞳が、僕の頭に焼き付いて離れません。
お願いですから、僕と付き合ってくれませんか?
お返事は急ぎませんから、ご負担に思わないでください。
ご返信、鶴首しています。
あなたの恋の奴隷になった、高瀬進より。

 

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投稿日:2018年8月10日 更新日:

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