第十話「過去は取り消せないものだから」

再びの百合の問いかけに、僕の体は正直に反応してしまった。一気に血液が集まった下半身が痛い。二十代前半の男子の正常な生理現象だ。もう少し百合が腰の位置を低くしようものなら、盛り上がったそれとぶつかってしまう。
そうなると、僕の弱い心ではコントロール出来なくなり、シカからライオンに変身してしまうかも知れない。

おそらくアルコールで酔いが回った百合は、そこまで発展しても嫌がらないかも知れない。むしろそれを望んでいるのかも知れない。
今まで妄想の中ではそこまで発展していた僕たちだったが、これは夢でも妄想でもなく紛れも無い現実なのであって、実際に行為をしてしまえば過去に戻って取り消すことは不可能になる。

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現実の世界では、一度やってしまった事はなかった事には出来ないのだ。だからこそ僕は、石橋を何度も何度も叩いて壊れない事を確認しても渡らない場合が多々あった。
百合は危機意識が低すぎる。人を信用し過ぎる。とても危なっかしい。
だから僕が守ってあげないといけないんだ。僕はボディーガード兼付き人なのだから。

「あのさ、逆に聞くけど、君は僕とキスしてもいいの? 大事なファーストキスでしょ?」

健全な男子ならまず言わないセリフだ。好きな女子からキスしたいって言われたら、ほとんど誰でも大喜びして、気が変わらないうちにさっさとやってしまうだろう。こんなにも悩んでしまうのは、もしかしたら世界中で僕一人かも知れない。
勇気がない男だと、百合の心が一気に冷めてしまうかも知れない。そうなったら、せっかくのキスのチャンスを逃してしまう。夢にまで見た百合とのキス、もう二度とチャンスは来ないかも知れないのに。
一人の男としての欲求と、騎士ナイトとして彼女を守りたいという思いが、僕の心の中で激しくぶつかり合っていた。

「大事なファーストキスだからこそ、慎吾君なんだよ。君じゃなきゃダメなんだよ」
「ぼ、僕じゃなきゃダメって、どうして?」

「だって、慎吾君は私の初恋の相手なんだもん」
「そ、そうなの?」

「そうだよ。慎吾君は内気だから、いつまで経っても自分からキスなんてしてくれないでしょ? 待ってたら私、おばあちゃんになっちゃうよ」
「いや、さすがにそこまでは待たせないと思うけど……」

「とにかく私は慎吾君の事が大好きなの。今まで恥ずかしくて言えなかったけど、いつか慎吾君の方が言ってくれるかと思って待ってたけど、もう待てない。もう待てないよ!」

そう言って百合は、強引に唇を重ねてきた。そのスピードは、ライオンがシカの首に噛みつくかの如く素早かった。そして、僕もさっきから気になっていた銀縁メガネをさっと取って遠くに放り投げた後、僕の頬を両手で押さえて激しく長い時間、僕の唇を貪った。
果たしてキスとはこういうものなのか、僕の想像していたそれとはかなり違っていた。もっと優しく、壊れ物を扱うか如くにするものだとイメージしていたのに。

やっぱり彼女はかなり酔っ払っている。通常の百合ならこんな荒々しくするはずがない。それとも、これが彼女の本当の姿なのだろうか? 知らない人が見たら、僕が襲われていると心配するに違いない。
ただ、彼女の攻撃的なキスのお陰で、僕の逸る気持ちは落ち着いてきた。さっきまで元気の良かった下半身も落ち着きを取り戻している。これなら欲望のままに最後まで突っ走る心配はない。

後は、百合の暴走を止める事だけだ。このままの勢いでは、高ぶった感情のまま服を脱ぎだすかも知れない。
一般の男の子なら、好きな女の子の生まれたままの姿を見るのは願ってもない事だろう。僕だって、どんなに彼女のそれを想像した事だろうか。

でもやっぱり、感情のまま先へ進んではいけない。きっと後で必ず後悔するに違いない。特に百合は激しく後悔するだろう。自己嫌悪に陥るはずだ。
一度やってしまった事は、なかった事には出来ない。どんなに悔やんだって、どんなに後戻りしたくなったって出来るものではない。

こんな娘の姿をおじさんおばさんが見たらどう思うだろうか? あの優しいおじさんおばさんを悲しませるのは絶対に嫌だ。
僕は百合を本当に愛しているからこそ、大事にしたい。どうでもいい人ならその場の感情のまま突っ走ったかも知れないが、百合にはそれは絶対にしたくない。大切な人だからこそ、壊さないように丁寧に扱いたいのだ。

とにかく、この場はキスで終わらさなければならない。妄想の中ではどんどん先を進むくせに、現実世界ではやけに落ち着いていた事に自分でも驚いていた。

「ゆ、百合、百合、百合ちゃん!」

僕は顔を横にして、百合の背中を右手で叩いた。彼女はハッと我に返り、慌てて僕の上から飛び退いた。

「ご、ごめん、大丈夫だった? 私ひどいキスしちゃったね。もっと優しくしたかったのに。何だか自分が止められなくなっちゃって。ほんと、ごめん」
「いやいや、いいんだ。気にしなくていいんだよ。だいぶお酒に酔っ払っちゃったんだよ。気にする事ないよ。僕だって、君とキスするのが夢だったんだからさ」

「私ね、本当に慎吾君の事が好きだったんだよ。でも、その気持ちをずっと押し殺してた。慎吾君が好きだって言ってくれるまで待ってたんだ。だから、高瀬君と付き合うのは本当は嫌だった。でも、慎吾君が私との仲を発展させるために仕掛けたんだって直感したから、我慢して演技してたんだよ。
慎吾君は優しいから、私が強引にでもしないとダメだって思った。大事な大事な人だから、他の人に取られる前に私がって思ったの」

つくづく、僕の人を見る目はまだまだだなと思った。百合がこんなに積極的な女の子だとは思ってもいなかった。いや、もしかしたら、僕以外の男だったら、彼女はもっと淑女だったのかも知れない。弱気な僕が彼女を淑女らしからぬ女の子へと変貌させてしまったのだ。すべては僕が悪いのだ。
落ち込む僕を見ると、彼女は責任を感じるだろう。ここは笑って切り抜けなくちゃ。

「とにもかくにも僕たちは、これでただならぬ関係になった。あとはじっくりと愛を育てていこうよ。君も僕も、いい加減な気持ちでこうなったわけじゃないって事はお互いによくわかったわけだし。僕はこれから、より一層君を守っていこうと思う」
「うん。よろしくお願いします」

そう言って、彼女は優しく唇を重ねた。今度は何の違和感も感じなかった。
時計を見ると、もう夜の12時を回っていた。

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