第11話「百合の手作り弁当」

一時はどうなるのかと思われた問題も無事に解決したので、僕はアパートに帰ることにした。名残惜しそうな百合を見ていると、胸がキュッと締め付けられる。
泊まっていけばと言いたげな百合の表情が、僕の決意を揺るがせようとしている。でも、これ以上この部屋にいたら、理性を維持する自信がない。

「じゃあ、またね」
「ねえ慎吾君、明日会えない?もう今日になっちゃったけど。日曜日はみんなデートするものでしょ?」

「あ、でも、起きれるかなあ」
「10時くらいまで寝て、お昼をどこかで食べようよ。私がお弁当作るからさ」

「わかった。そうしよう」
「準備が出来たら電話するね」

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僕はOKの合図で右手を挙げ、彼女の部屋を出て、周りの人の迷惑にならないように静かにドアを閉めた。

目覚まし時計をかけていたのに、起きてみたら11時を回っていた。昨夜は、彼女の部屋を出てアパートにたどり着いてみると、緊張から解放されたせいか疲労感が嵐の如く押し寄せてきたので、風呂にも入らないですぐに寝てしまった。

百合からの電話はまだない。世間で流行の朝シャンをして、目を覚ましてから着替える。腹が減っていたので、一枚だけトーストを焼いた。
もしいつか百合と暮らすようになれば、朝はパンじゃなくて目玉焼きを作ってくれるだろうか?トントントンと包丁の音で目を覚ます事になるのだろうか?

健康のためには、朝から味噌汁を食べるのが良いと世間では言う。彼女は僕の体のために、早起きをして味噌汁を作ってくれるかも知れない。また、経費節約のために昼の弁当を作ってくれるかも知れない。
いつもは、友だち数人と連れ立って会社のあるビルの地下1階の定食屋で、鮪の山かけ定食を食べるのが定番だ。鮪と山芋のとろろが同時に食べられるというのが好きなのだ。

社内結婚をした山下さんは、奥さんが作った弁当を職場のある6階で食べている。中身は見た事がないが、あの奥さんは家庭的な感じがするのできっとうまいに違いない。僕もいつか、百合の作った弁当を6階で食べる日が来るのかなと想像しながらトーストを平らげた。

しばらくして、電話のベルが鳴った。受話器を取ると1オクターブ高い声が聞こえた。

「おはよう。昨夜はよく眠れた?」
「ああ、おはよう。ぐっすり寝たから起きたらもう11時過ぎてた」

「そうなんだ。私は結構早く起きちゃった。お弁当も出来たし準備が終わったから私の部屋に来てよ」
「うん、わかった。すぐ出るよ」

もう梅雨も明けて、今日は暑くなりそうだ。僕はお気に入りの帽子を被って、財布を持って外にでた。歩いていると、日曜だというのに働いている人がいる。心の中で「ご苦労様でございます」と丁寧に挨拶をした。週休二日で働ける僕たちは幸せだと思った。

百合はもう、外に出て待っていた。今日は僕が待たせる番になってしまった。手にはお洒落なバスケットを持っている。やっぱり女の子だなと思った。

「今日はどこに行く?」
「海が見たい!」

「僕もそう思ってた」
「じゃあ、出発進行!」

電車に乗ってやってきたのは港の見える丘公園だ。さっそく僕たちは、百合の作ったお弁当を食べる事にした。

「じゃーん、これが今日のお弁当です」
「おおー、ベリーナイスだ」

焼肉や卵焼き、トマトや僕の好きなキュウリも入っている。学校から帰ってきてからのおやつと言えばキュウリだった。キュウリに味噌をつけて食べるのが好きで、百合にもその話をした事がある。気が利く奥さんになりそうだと思った。

飲み物は僕がコーラで彼女はオレンジジュース。周りを見ると、やはりカップルが楽しそうに昼食を食べている。家族連れのお父さんは、昼からビールを飲んでいる。僕ももしかしたら、百合と子どもたちを連れて、ここでお昼を食べながらビールを飲む日がくるかも知れない。そんな未来を想像すると、思わず顔がほころんでしまう。

「ねえ、なに考えてるの?」
「あ、いや、ちょっと先の未来をね」

「えっ、なになに?どんな未来?」
「いや、あそこに奥さんと子どもを連れた男性がいるじゃん。昼間っからビール飲んでてさ。なんか幸せって感じでさ。いいなあって思って」

「それで、自分も奥さんと子どもと一緒にここに来て、ビールを飲みたいってこと?」
「うん」

「そっかあ。昼間っからビールかあ。その時は私も飲んでいいかな?」
「うん、いいんじゃない。女性も昼間っから飲んでいる人もいるよ、きっと」

「そしたら私たち、昼間っから酔っ払い夫婦だね」
「うん。子どもの教育上良くないかもね」

僕たちの会話はもう、結婚して子どもがいる前提になっていた。ちょっと前までは片想いで、妄想の世界の事でしかなかったのに。僕はこの幸せが永遠に続くものだと思っていた。
僕たちは世界で一番幸せだと思っていた。

しかし、人生はそんなに甘いものではなかった。ある人が言うには、人の人生は半分良い事があって半分悪い事があると言う。僕も、いつもなら悲観的な人生観を持っているのだが、百合と恋人同士になれた奇跡がそれを忘れさせていたのだ。

しばらく百合との甘い生活が続いた数年後、突然に災いはやってきた。僕は比較的真面目に生きてきたつもりだったが、運命や宿命から人は逃れられないのだと思う。
その災いをもたらす人物が現れたのは、百合と始めてキスをしてから3年後の事だった。

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