「慎吾君の家は男ばかりの3人兄弟、私の家は女ばかりの3人姉妹。息子が欲しかったうちの両親は慎吾君を息子のように可愛がって、娘が欲しかった慎吾君の両親は私を娘のように可愛がってくれた。だからいつも親同士では、二人が結婚したらいいねって話してたんだって」
「そうなのか。それは知らなかったな。じゃあ僕たちは、許婚いいなずけみたいなものだったんだ」
「そうだよ。私はずっと、慎吾君の事を見て生きてきたんだ。心の中では慎吾君のお嫁さんになるつもりでいた。でも、あなたは恥ずかしがり屋で、なかなか自分の気持ちを言ってくれないでしょ。私を好きなんだろうなって事は気付いてたんだけど、簡単には言ってくれないだろうなって思ってた。だから、いろいろ考えたりしてたの。誰かを好きなフリをすれば、もっと私の事を気になってくれるんじゃないかってね」
「えー? なんか僕たちって、計算高いところが似てるね」
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「そうよ。だからいいの。似た者同士の方が気が楽でしょ。あと私の場合、何となく相手の考えている事がわかるんだ。そう考えると、私の方がちょっと上かもね」
「そうか。僕の場合、マイナス思考でしかも思い込みが激しいから、百合が僕の事を好きだなんて想像できなかったよ。絶対僕の一方的な片想いだって思い込んでいたから」
「じゃあ、聞いてみる? うちの両親に。私たち結婚してもいいかって」
「今から?」
「うん。早い方がいいかなと思って」
時刻は午後9時を過ぎていたが、百合は受話器を取って電話をかけた。何度目かのコールの後、百合のお母さんが電話に出た。
「あっ、お母さん? 百合です。遅くなっちゃったけど電話いい?……うん、うん。あのさ、実はさ、お母さんに報告したい事があるの。実はさ、私、慎吾君と結婚しようと思って。……うん、うん。……ありがとう。ちょっと待ってね。……慎吾君、お母さんが代わってって」
百合にそう言われて、久しぶりにおばさんの声を聞くことになった。
「もしもし、慎吾です。こんばんは。お久しぶりです」
「あら、慎吾君? 百合と結婚するんだって? おめでとう。ありがとうね、ふつつかな娘ですがよろしくお願いします。今お父さんと変わるね」
今度は百合のお父さんだ。
「やあ、慎吾君、こんばんは」
「あっ、おじさん。こんばんは。お久しぶりです」
「百合の事をよろしく頼むよ。君が息子になってくれるなら嬉しいよ。帰ってきたら一緒に飲もうな」
「ありがとうございます。必ず百合さんを幸せにします。これからもよろしくお願いします。百合に代わりますね」
そう言って、受話器を百合に渡した。百合はおじさんと二言三言話すと受話器を置いた。
「ねっ、ほら。大丈夫でしょ」
「うん。良かった。本当に良かった」
僕は思わず涙がこぼれた。緊張が解けたからかも知れない。
「泣いてられないよ。今度は慎吾君の家に電話しなきゃ」
百合に受話器を渡され、今度は僕の家に電話をかけた。
「もしもし、石川ですが」
「お母さん? 僕だよ、慎吾だよ」
「あら慎吾、どうしたの、何かあった?」
「いや、何にもないけど。いや、あるんだ。実はさ、百合と結婚することにした」
「えっ? あの緑山さんとこの百合ちゃん?」
「うん。そう。さっき緑山のおじさんおばさんに電話したらおめでとうって言ってくれた」
「あらそう、良かったね。百合ちゃんはそこにいるの?」
「うん、今代わるね」
電話を代わった百合と母が話した後、父とも話をして、今度は僕に受話器をくれた。
「もしもし、慎吾か? 良かったな。結婚おめでとう。百合ちゃんを幸せにするんだぞ」
「ありがとう。今度一緒に挨拶に行くからね。それじゃあ、おやすみなさい」
両親と話した後は、涙はこぼれずに笑顔がこぼれた。
「じゃあ、明日、婚姻届けを出しに区役所に行こう。そうしたら私たち夫婦だよ」
「うん。そうしよう」
「今日は一緒の布団で寝ようね」
「うん。だけどまだキスまでだよ」
「わかってる」
彼女はそう言って、優しいキスをしてくれた。
次の日、僕たちは婚姻届けを出した後、海を見に行った。なんだか無性に海が見たかったんだ。
しばらく月日が経ってから、僕たちは故郷の海が見えるホテルで結婚式を挙げた。親族や友人たちに祝福されて、僕たちの夢は叶った。
その日の夜、ホテルの部屋から海を見た。
「ねえ、百合はこっちの海と神奈川の海とどっちが好き?」
「うーん、私はこっちの海かな」
「僕もこっちの海が好きだ。今わかったよ。君の瞳に映っているのは、やっぱりこっちの海だった」
その夜、僕たちは初めて一つになった。
《完》
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