第三話「ただの幼馴染み」

ひと月ほど経ったある日、久しぶりに百合から連絡があり会うことになった。いつもの待ち合わせ場所にいつもの時間、そして大体彼女が遅れてやってくる。というよりも、僕が来るのが早すぎると言うべきかも知れない。

最低でも10分前には着いておきたいのが僕の性分だ。「時間には絶対に遅れるな」と口酸っぱく言い続けてきた父の教えを頑なに守っている。もし時間より過ぎてしまったときには、相手に対してこれでもかというぐらいに謝る。相手を待たせるぐらいなら、1時間でも2時間でも自分が待つ方が楽なのだ。
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百合は普段は真面目なくせに、時間には遅れて来るのが常だ。女子は化粧や服選びなど、余計な時間が掛かるのだろうと、僕は勝手に解釈している。遅れると言ってもほんの数分なのだから、一般的な女子にしては上出来な方だろう。

いや、もしかして遅れるのは、僕との待ち合わせだけなのかも知れない。ボディーガード兼付き人の僕は、彼女にとっては待たせてもいい存在なのだ。いいように解釈すれば、それだけ心を許しているのかも知れないのだが。

「お待たせしました」

1オクターブくらい高い声が後ろから聞こえてきた。それはまるで、子どもの頃に見た電話の時だけ声が高くなる母のように感じた。女子はみんな同じなんだな。
振り返ると、見覚えのある赤いハイヒールを履いた百合だった。少しはヒールに慣れたのか、心なしか前回よりも似合っているように感じた。

いや、それよりも気になるのは、彼女の両耳でブランコのように前後に揺れているイヤリングだ。それまでは着飾ることに執着していなかったはずの百合だったが、急に女子から大人の女性に変わったような気がした。
これは高瀬君のプレゼントなのか、それとも自分で買ったのか、その辺りが僕の気になるところだった。

僕は彼女の話しかけに、黙って笑顔を見せた。第一声は何が正解なのかがわからず、とりあえずの精一杯の笑顔を作った。彼女が僕の心を察したのかどうかは知らないが、やはり黙って笑顔を見せ、僕たちはいつもの公園に行くことにした。

「はいこれ、お疲れ様」
「あ、ありがとう」

いつもと同じ銘柄の缶ビールを差し出す彼女が、結婚したての新妻のような気がしたのが恥ずかしかった。きっと知らない人が見たら、僕と同じように見えたかも知れない。違和感を感じる人は少ないだろう。きっとお似合いのカップルに見えるはずだ。一通り思いを巡らして自己完結している自分が再び恥ずかしくなった。

彼女は全くそういう感情を僕に対しては持ってはいないのだ。それは僕自身が良く知っていることではないか。今日だって、高瀬君とのラブラブなおのろけ話を聞かされるに違いない。それは覚悟して来たはずだと、僕は自分に言い聞かせていた。

「あのさ、高瀬君とのこと、話してもいいかな?」

百合が話を切り出した。僕は全く平静を装って、元々細い目をより一層細くして笑った。

「うん、僕も聞きたかったところだよ。その後どうなった?」

彼女は僕の言葉に安心したようで、堰き止められたダムの水を放出するかの如く、次から次へと今まであった事を話し始めた。それは身振り手振りも交えた表現方法で、時には立ち上がり時には笑い声も交えたりしながら、さながら一人芝居を観ているかのようで、僕の知っている百合とは別人に思えた。こんなにも感情を表に出す人だっただろうか?

百合は彼との出来事を事細かに報告してくれた。週に3回のペースでデートしていること、毎日電話してくれること、ボーリングが上手いだけでなくてカラオケも得意だということなど。スポーツも出来て歌も上手いんじゃ、それはドラえもんの出木杉君ではないか。

百合は一通り話し終えると、手に持ちすぎて温まってしまった缶ビールの事を思い出し、ゴクリゴクリと喉を鳴らしながら豪快に飲み干した。これはいつも驚く事だが、どうして彼女は一気に飲み干してしまうのか? 少しずつ楽しんで飲めばいいのに。他人の趣向がいちいち気になってしまう細かすぎる性格が僕の欠点だ。

「私今、最高に幸せ!」

ここで彼女は立ち上がって背伸びをするのかと思いきや、今日は足を組んでその足の上に肘をつき、この前みたいに赤い夕陽を目を細めて見つめだした。

絵になるなあ。恋は女性を綺麗にする。僕は思わず抱きしめたくなる衝動を抑えた。「まだ早い。時期尚早だ。時は満ちていない」逸る心を必死にしまい込み、僕は笑って彼女の横顔を見つめることにした。

少し酔いが回った彼女をアパートまで送っていった。普段はあまり酔わないのだが、今日は僕に話をしたおかげで安心したのだろう。上機嫌の彼女は、彼氏でもない僕の腕にしがみついて歩いた。
思えば子どもの頃はよく、一緒に手をつないで走ったものだ。近所のお姉さんと3人で、小屋の中でお医者さんごっこをした記憶があるが、どんな事をしたかまでは覚えていない。

高校時代はよく、まっすぐ帰らないで一緒に海を見に行った。知らない人が見れば高校生のカップルに見えただろうが、彼女にはその気はなかったようだ。ただの幼馴染み、まさに「金田一少年の事件簿」で美雪がよく言うセリフのようである。

日本海に沈む赤い夕陽を、百合と並んで黙って見つめていた。今と違うのは、あの頃は缶ジュースだったということ。昔も今も、僕にとって百合は「海辺の少女」のままだ。

アパートに帰った僕は、あのノートを引っ張り出し、今日の詳細を書き記した。そしてノートの1ページ目から読み返してみた。今日までの経過を確認したあと、心の中でつぶやいた。
「The time has come! (時は来た)」

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