第六話「百合の花言葉」

アフリカの草原に寄り添ったシカたちがいたとして、彼らはいつまで経ってもシカのままである。だけど僕は人間の男だ。シカのままではいられない。本来は男がライオンで女がメスのはずだ。それでこそしっくりくる。男は能動的であり、女は受動的なのが全世界の共通認識ではないか。
好きな女の子が隣りにいて、身を預けて泣いている。この状況にアドレナリンが放出されない男がいるだろうか?たとえ僕が内気な性格で、石橋を叩いても渡らないような人間だったとしても、目の前に傷ついたシカがいれば襲ってしまうのがライオンの本能ではないのか?

まあ、ライオンは生きるためにシカを襲うのであって、人間の男が生理的欲求で女子を求めようとするのとは訳が違う。それをライオンに例えるのは失礼な話だ。動物は繁殖期にしかメスを求めない。猫の発情期はしょっちゅうある気がするが、それとて人間と比べるのは申し訳ない。人間は、子孫を残すためという大前提を無視してでも愛しあえる唯一の動物である。いや、それが動物と人間の境い目と言うべきなのかも知れない。

でもやはり、いくら百合が僕と二人っきりで一つの部屋にいるからと言って、彼女が僕の事を好きであるという確証はない。逆に言えば、そういう意識をしていないからこそ出来る芸当ではないのか?僕を一人の男として認識していない、さらに言えばそういう目で見る事が出来ない、僕たちの距離はそこまで到達しているのかも知れない。横浜から新潟までも離れているのかも知れない。
昔の人は「男女七歳にして席を同じゅうせず」と言って、男女は七歳にもなれば互いにけじめをつけ、みだりになれ親しむべからずと戒めたものだ。1987年の現在においては、そんなことを守る人などいないのかも知れないが、僕でさえ気にするのだから、真面目な百合が考えないわけがない。

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同期入社の柴田君は、16歳の時に彼女と初体験をしたと言っていた。確かに彼は目がくるんとしていてまつ毛も長く、バンドを組んでボーカルとしてチェッカーズの前座をやったことがあると言うし、男の僕でも可愛いと思うぐらいなので女子が放っておくわけない。
彼がもしこのシチュエーションの配役だとしたら、迷わず彼女の髪を撫で、垂れ下がった長い髪を上にあげるだろう。そして両手を頬にそっと当てて、ゆっくりと顔を寄せていくに違いない。それはそれは手慣れた手つきで事を進めていくだろう。

いや違う。百合はそんな女じゃない。そんな安っぽい女じゃないんだ。嫁入り前の大事な体を、親からもらった大事な体を、そんなに粗末に扱う女じゃない。結婚式の日の夜、ようやく迎えた初夜に、それまで誰にも見せたことのない一糸まとわぬ姿を初めて愛する夫のために披露するのだ。そして夫もやはり、その日までは我慢して我慢して、その時に初めて女性の生まれたままの体を拝見する、それでこそ日本男児、それでこそ大和撫子なのだ。

そしてそれは、神様が選んで赤い糸で結んでくれた男と女でなければならない。誰でもいいわけじゃない。「この人か?」「あなたなの?」とその相手を探しまわって、ようやく出会えた時の喜び、苦労して探したからこそ見つけた時の喜びは格別なものになるのだ。

子どもの頃に見た「花の子ルンルン」は、七色の花を探して旅に出た。詳細は忘れてしまったが、最後は確か、実は自分の住んでいた処に七色の花があった、という内容だった気がする。そう考えると、僕にとっての七色の花は百合なんじゃないかと思う。
23年間生きてきて、世界中を旅したわけではないけれど、子どもの頃からずっとずっと、僕の七色の花は百合なのではないかと思ってきた。

百合の花言葉は「純潔」である。だからこそ、彼女には純潔を守ってほしい。結婚して初夜を迎えるまでは、その体をみだりに晒さないでほしい。安易な気持ちで男を迎え入れないでほしい。だから本当は、僕みたいな男を部屋に上げないでほしかった。
良くも悪くも、百合は人を信じやすい。人を疑うということを知らない。

僕は母から「人を見たら泥棒と思え」と言われてきた。そのせいかどうかは知らないが、疑り深い性格である。僕の父と母は再婚同士だ。一番上の兄は腹違いだし、会ったことのない種違いの姉がいる。母の前夫はギャンブル狂いで大変だったらしい。実家から持ってきた着物を売ったりして、相当苦労したそうだ。今の父と再婚して幸せだと言っていた。
一番上の兄は父に似ているが、二番目の兄と僕は母に似ている。特に僕は、母方の血を色濃く受け継いでいる気がする。

母方の実家は何代か前は大地主だったらしい。それをある人の代で潰してしまったのだそうだ。僕には、人はむやみに信じるべきではないという思想が、母を通して遺伝子に組み込まれているのかも知れない。だから、誰でも彼でもいい人だと信じて疑わない百合を見ると心配になる。
だから僕が守ってあげなくちゃいけないんだ。ボディーガード兼付き人としての役割を果たさなくちゃいけないんだ。

この部屋は防音は大丈夫かと思うぐらいに泣いている百合にぴったりと寄り添いながら、あれやこれやと思考を繰り返していた僕だったが、冷静に考えてみると夜もかなり遅い時間だ。この先の展開が心配になってきた。
そしてさっきから気になっているのが、窓際に置かれている大きなベッドだった。掛け布団の上の方が本の折り目のようにめくれあがっているのが、まるで僕を誘っているかのように見えたからだ。

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