大都会東京の、とある裏通りを迷い歩くうら若き女性の姿。彼女は、とある一軒のお店を探していた。
「確かこの辺りだと思うんだけどなあ…」
しばらく歩き回った彼女は、ようやく目的の場所に辿りついた。外観はスナックのような感じで、黒いドアに貼られた名刺には【よろずお悩み解決所】と書かれていた。
「あのー、ごめんください…」
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外観に比べ、中の雰囲気は意外にも明るかった。白が基調の店内には、テーブルとソファーがあり、大きな観葉植物が置かれていた。
カウンターの奥には、いくつかの絵が飾ってある。以前は喫茶店か何かだったのだろうか。
「いらっしゃいませ。お電話をいただいた笠原様でしょうか?」
「はい、笠原奈津紀です」
「お待ちしておりました。ソファーにお掛けになってください」
女が名刺を差し出した。名刺には【心霊鑑定士 加賀美零美】とあった。
「あのう、相性を占っていただきたいのですが…」
「承知いたしました。それでは、こちらにお客様のお名前と生年月日、そして、相手の方のお名前と生年月日を書いていただけますか?もし生まれた時刻がお分かりになれば、時刻と生まれた場所もお願いいたします」
奈津紀は言われた通り、紙に自分の名前と生年月日、それと相性を見てもらいたい彼の名前と生年月日を書いた。彼の生まれ時刻まではわからなかった。
「書きました」
「ありがとうございます。お客様は笠原奈津紀様、お相手の方は安田太郎様ですね。かしこまりました、少々お待ちくださいませ」
零美はしばらくパソコンに向かい、プリントアウトした紙を持ってテーブルに戻った。
「笠原さんは四柱推命鑑定をご存知ですか?」
「はい、占いは大好きで、よく本やネットで自分なりに占ったりしています」
「四柱推命は、四つの柱に干支と呼ばれる八つの文字が割り当てられます。生まれ時刻が不明の場合は三つの柱に六つの文字になりますが。これをその人の命式と呼び、その八字あるいは六字の関わり合いで運命を推し量るものです」
プリントアウトされた紙には、奈津紀は四柱八字、生まれ時刻が不明な安田は三柱六字で、その横にはいくつかの〇印や△が描かれた図があった。
「あのう、この図は何ですか?」
「これは五行図と言います。この四柱八字や三柱六字をわかりやすく図に展開したものです。鑑定士のインスピレーションを手助けしてくれます。」
「なるほど。そうなんですね」
「まず、あなたと彼の相性は良いと思いますよ。あなたが彼を助け、彼があなたに助けられる関係です。あなたも彼も、その関係を負担には思っていません。むしろ心地良く思っているはずです」
「はい、確かに。なんか知らないけど、助けたくなっちゃうんです。ほっとけないんです」
「この人はかなりモテる人ですね」
「そうなんです。それが悩みというか…」
「この人は愛情をたくさん持っています。もともとたくさん持っているので、普通の人が一人に百パーセントなところ、この人は三人にそれぞれ百パーセント与えることが出来る。三人の女性はそれぞれ百パーセントもらっているので、自分が一番愛されていると思っているのです」
「なるほど。実はこの人、私の他にも何人か女性がいるんです。定期的に巡回しているというか。しばらく私のところにいたら、次は違う女性のところに行って、また何か月かしたら私のところに戻ってくるんですけど…」
「あなたのところに戻ってくるわけですね」
「はい、そしてまたしばらくして出て行くという感じで。彼のことが好きなのでなかなか別れられないというか。でももう年齢的に決断したいところなんです」
「そうですよね。女性であれば出産という問題がありますから、気長に待つなんて事はできませんからね。確かに彼は良い男です。優しくて思いやりがあり、ウソがつけない正直な方です。でも、その優しすぎるところが時には欠点となる場合もあります。
女性なら誰でも、悩みごとを相談して親身になってくれれば、この人は私の事を好きかもと勘違いしてしまいます。彼にはそういう気がなくても、女性から言い寄られるうちに同情が愛情になってしまうのです」
「そうですよね。彼は誰にでも優しすぎるんです。そこが良いところでもあり、悪いところなんですが…」
「どうしますか?彼はしばらくしたらあなたのもとに戻るわけですから、このままでもよろしいですか? それともはっきりと別れて新しいスタートを切りますか?」
「……どうしたらいいのか決められなくて…」
「はっきり申し上げまして、この人の浮気癖は治りません。もう別れた方がいいと思います」
「やっぱりそうですか。どこに行ってもそう言われるんですよね」
そして彼女は鑑定料を払い、肩を落として立ち上がった。
彼女が振り向くと、さっきから右肩にいた男の生霊が振り向いた。
「余計な事を言うな!」
男の口がそう動いた。
零美は何も言わず、男の生霊を睨んでいた。
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