第100話「心配性な男」

「こんにちはー」
まるで、弦楽器が奏でる音色のような声が聞こえてきた。零美が「はーい」と答えて入り口に向かうと、有名スポーツブランドのロゴが入った黒い帽子を被り、大きな黒縁メガネをかけてニコニコと笑っている男性が立っていた。

「初めまして、電話で予約している品川康介です」

大きなバッグを肩からぶら下げながらお辞儀をしたので、その重みでよろけてしまった。

「大丈夫ですか?」
「あっ、はい、すいません。ご心配には及びません」

転ばないように、しっかりと両足で踏ん張りながら、手を貸そうとする零美を制した。痩せ細った体に不釣り合いなバッグの中には、一体何が入っているのか、気になって仕方がなかった。

「どうぞ」と席に案内してから、「ホットコーヒーとアイスコーヒーのどちらがお好きですか」と尋ねると、「ホットでお願いします。アイスだとお腹を壊しやすいので」と答えた。胃腸が弱いのか、痩せているのはそのためだろうと零美は思った。

コーヒーを準備している間に、名前と生年月日を書いてもらい、それを基に彼の命式を割り出した。それをプリントアウトして、コーヒーと共にテーブルに置いた。

「品川さんの気になる事って何でしょうか?」
「僕は、すごい心配性で、生活するのに不便で困っているんです」
「そうですか。例えば、どんな感じでしょうか?」
「まず、荷物が多くなります」
「荷物、ですか」
「はい。あまり使わない物までカバンに入れてしまうんです。もしかしたら必要になるかも知れないって」
「なるほど」

そう言って彼は、横に置いていたカバンの中身を、テーブルの上に広げ始めた。ペットボトルが二本、菓子パンが一つ、電動髭剃り、黒の長財布、ノートパソコン、折りたたみ傘、タオル、下着二枚、ジャージの上、そして鍵が三つ。

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「こんなに詰め込んで、重くないですか?」
「重いです。肩凝ります」
「ペットボトル、二本要ります?」
「予備のためです」
「菓子パンはどうしてですか?」
「何かの時に食べようと思って」
「髭剃りは、持ち歩かなくても良いのではないですか?」
「朝剃ってこなかった時のために」
「パソコンは流石に重いですよ?」
「ちょっとした空き時間に、パソコンがあると便利なので」
「折りたたみ傘は、一日中晴れの予報でも入れておくんですか?」
「天気予報は外れる事もありますから」
「タオルは?」
「強い雨だと、傘をさしていても濡れますから」
「下着は?」
「濡れたままだと、風邪をひいてしまいますから」
「ジャージは?」
「冷房が苦手なものですから」
「鍵は三つとも同じみたいですが」
「失くした時のために、いつも予備を二つ作るんです」

即答できるほど、彼にとっては意味のあるものなのだ。

「鍵と言えば、家を出る時も大変なんです」
「大変と言いますと?」
「一度鍵を掛けて歩き始めるのですが、本当に鍵が掛かっているか不安になって、もう一度確認しに戻ります。それを二、三回繰り返す事もあります。そうなると、エアコンを消したか、テレビを消したかが気になるので、もう一回家の中に入って確認します」
「そしてまた、家を出てから二、三回くらい、鍵を掛け直すわけですね」
「はい。だから、なかなか簡単に外出も出来ません」

玄関先でのその様子を思い浮かべただけで、思わず笑いが込み上げてしまう。

「夜寝る時も大変ですよ」
「どうしてですか?」
「布団の中に入ってからも、玄関の鍵を閉めたか心配なので、起き上がって確認しに行きます」
「それは毎日?」
「はい。あと、寝る前に必ず、スマートフォンの目覚まし用アラームをチェックします」
「それは大事ですよね。遅刻しないためにも」
「それから、メールなんかが大変なんですよ」
「どうしてですか?」
「今は電子メールよりも、無料通信アプリのLINEを使う事が多いのですが、メールだと、本当に相手が読んでいるのか不安になって、結局電話で確認してしまうんです。メール見ましたかって」
「それでは、メールの意味がないような気が」
「はい。それでLINEを使うと、相手が見たかどうかが既読表示でわかるのですが、既読されているのに返事が来ないと、どうしたんだろうと気になって、電話してしまうんです」
「相手からの返信が待てない?」
「そうですね、電話だと、声のトーンで相手の意思が伝わりやすいですけど、文字だけでは、なかなか真意が伝わらない場合もありますよね」
「確かに」
「ですから、返事が来ないと、怒らせたかな、誤解されたかなって思っちゃうんです」
「なるほど」
「とにかく、心配性過ぎて、日常生活に支障をきたすと言うかですね。大変なんです」

顔は笑って話しているので、つい笑い話のように聞いていたが、本人にとってみれば深刻な問題だろうとは推測できる。一日の中で、普通の人の何倍もの無駄な時間を費やしているのだから。

「品川さんは、常に頭の中で思考が繰り返されている状態です。おそらく今も、私と話をしながら、違う事を考えていたんじゃないですか?」
「ははは、それはあります。ふと、関係ない事が頭に浮かぶんです。するとそれが気になってきたりします」
「品川さんは、出来るだけ失敗をしたくない人なんですよね」
「はい」
「失敗を回避するために、いろいろと準備するんですね。突然雨が降ってきて傘がなかったら、それはもう失敗だと考えちゃうんです。どうして予測出来なかったのかと、自分を責めてしまうんですね」
「確かに、そういう所はあります」
「失敗しないようにと考えると、いろいろなものを揃えておく必要があると。それで荷物が多くなってしまいます」
「はい」
「鍵掛けとか、エアコンの消し忘れなんかは、指差し確認をしたら良いですね」
「指差し確認?」
「はい。工事現場などで、装備が揃っているかなどを指で確認して、ヨシッて言ったりします。そうする事で、脳に印象づけられると思いますよ」
「なるほど」
「後は、完璧を求めず、失敗してもいいやという感覚でいると、もっと楽に生きられるのではないでしょうか」
「そうですね。失敗してもいいですよね。もっと楽に生きたいです」

そう言って、彼は大きな声で笑った。自分の今までを思い出して、あまりに滑稽だとわかったのだろう。彼の性格上、直ぐに変わるとは思えないが、少しでも楽に生活出来ればいいなと零美は願った。

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