第23話「別居したい男」

仕事帰りであろうその男性は、スーツにネクタイのまま零美の店にやってきた。銀縁のメガネの奥に優しそうな目が見える、真面目そうなサラリーマンのように和彦には見えた。

「先日予約いたしました高瀬浩一郎です」

深々とお辞儀をする高瀬の前で、零美は恐縮していた。

「さあ、どうぞ、あちらのソファーにお座りになってください。今飲み物をお持ちします。ホットコーヒーでよろしいでしょうか、ミルクや砂糖はいかがですか?」
「あ、すいません。でしたら、ミルクと砂糖もお願いいたします」

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相談者と言うより、営業に来たみたいだなと和彦は思っていた。
零美がコーヒーカップを目の前に置くと、ミルクと砂糖を入れずに、ブラックでそのまま一口味わうように飲んだ。

「ああっ、うまいですね。ミルクと砂糖を入れるのがもったいないです。やっぱりブラックで飲みます」
「コーヒーはお好きなんですか?」

「はい、お酒は飲みませんが、コーヒーだけは欠かせません。コーヒー中毒のようです」
「良かったらおかわりしてくださいね」

「ありがとうございます」
「高瀬さんのご相談は何ですか?」

「はい。自分自身の事についてです。どうも結婚には向いていなかったかなあと思ってまして……」
「お子さんもいらしゃるんですか?」

「はい。妻と子ども二人の四人暮らしです」
「奥さんと別れたいって事ですかね?」

「いえ、妻と別れたいとは思っていません。ただ、離れて暮らしたいというか…」
「別居って事ですかね?」

「はい。一人になりたいんです。元々、孤独が好きっていうか、人と関わるのは得意じゃないんですけど…」
「では、どうしてご結婚をされたんですか?」

「妻とは見合いです。僕は婿養子なんです。妻が三人姉妹の末っ子なんですが、いろいろな事情があって僕が婿に入ったんです。
僕としては、息子が生まれてくれたので、家系を残すという意味では責任はもう果たせたのではないかなと…」
「なるほど」

「子どもももう、高校二年生と中学三年生ですから、父親が一緒にいなくても十分やっていけるかなと思いましてね…。
お金さえ入れれば、父親って側にいなくてもいいと思うんですよ」
「確かに、お母さんみたいにご飯作るわけじゃないから、一緒にいなくてもいいのかも知れませんね」

「だけど私の周りの人は、中高生の時こそ父親が必要だって言うんです。それがどうも理解できないとういうか…。自分の経験からして、その時代に父親が側にいてほしいと思った事はなくて、逆に煩わずらわしかったんですよ。
もう一緒に遊ぶ年齢でもないし、一緒に旅行に行くわけでもない。ただお金が必要な時に言ってくるだけじゃないですか。

妻にしたってそうですよ。『亭主元気で留守がいい』って世間の女性は言うじゃないですか。それが本音だと思うんですよね。ただ銀行に給料さえ振り込まれていればいいっていうか…。そう思いませんか?」

早口でまくし立てる彼を目の前にして、最初の紳士風な雰囲気とのギャップの違いに零美は驚いていた。

「ちょっと待ってくださいね。まずは高瀬さんの命式を出してきます」

零美は彼の生年月日を入力し、プリントアウトした紙を彼の前に置いた。

「まずですね、高瀬さんは人まねを嫌う、オンリーワンでいたい人です。世間では当たり前とか、それは常識だと言われると反発したくなっちゃいますね」
「そうです、その通りです。まあ、天邪鬼ですよね」

「宗教性が強くて、何のために生きるとか、どう生きるべきかとか、哲学的な世界に生きているというか、理想と現実のギャップに苦しんでいるというか…。
常に頭の中でいろんな事を考えていらっしゃるので、相当なストレスが脳にかかっていると思います。

さらには、感受性が鋭すぎて、神経が敏感過ぎますね。また、サービス精神が旺盛過ぎるので、相手のしてほしい事を言われる前に察知してやってあげたくなっちゃう。
ところが、それに対して相手が感謝してくれないと悲しくなるというか…。
だから人と関わりたくないっていう事なんですかね?」
「さすが先生、まったくおっしゃる通りです。誰もわかってくれないんですよ、私が何に悩んでいるかって事を。人のやる事なす事がすごく目についちゃって、気になって仕方ないんですよね。
だから誰かと一緒にいる事がすごく苦痛なんです。せめて仕事が終わったら家でゆっくりさせてほしいんですよ。でも、家族だけじゃなく、親戚付き合いとかPTAとか地域の付き合いとかいろいろあるじゃないですか。

もう人生も、あと何年生きられるかわからないと考えるようになりましてね。もしかしたら還暦を越えられないかも知れない。あと何年かしか生きられないと考えるようになってからは、自由に生きたいなあと思うようになったんですよ。

人と人の関わりが好きな人はいいんですよ。誰かと一緒にお酒を楽しく飲むのが好きだとかですね。それが楽しみな人はそれでいいと思うんです。
でも、私みたいな人間もいるんですよね、世の中には。孤独になりたいと思う人が。

時間がね、もったいないんですよ、人と関わっている時間が。タイムイズマネーって言うじゃないですか。誰かとしゃべっているより、やりたい事があるんですよ」
「その、やりたい事っていうのは何ですか?」

「実はあの、この年で言うのも恥ずかしいんですが、小説家になりたいって言う夢が昔からありましてね」
「小説家ですか」

「はい。最近になって知人から、小説を書いて投稿するサイトがある事を聞きまして…。それで少しずつ書いて、投稿するようになったんです。
そうしたら楽しくなっちゃったんですけど、毎日一話ずつアップするとどうしても時間が足りないんですよね。

それなのに妻が話しかけてくるじゃないですか。うちには自分専用の書斎がないもんですから、落ち着いて書く場所がないんですよ。
まあ、そういう事もあって別居したいなと思うようになったんですけどね」
「なるほど…」

「どうですか、私は文章の才能はありますか?」
「はい、そうですね。確かに文才があります。言葉に対して敏感ですよね。頭の中に言葉が飛び交っているイメージです」

「そうなんですよ。もう自分でも収拾がつかないというか、それを整理するのに苦労しているんですけども…。
なんか先生にズバリ見抜いてもらって、すごく嬉しかったです。今日は本当にありがとうございました」

彼はお金を払い、時間を気にするように足早に帰っていった。
奥から和彦が出てきて、零美の所にやってきた。

「あの人、問題解決は出来たのかな?」
「ああ、そうね。誰かにわかってもらいたかったんでしょうね、自分の事を。まあでも、満足して帰ったから良かったね」

零美は、すっかり冷えてしまったコーヒーをグイっと一気に飲み干した。

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