第28話「娘を女優にしたい母親」

母親と共にやってきた少女は、長い髪を腰まで延ばしていた。高そうなブランドの服を着てはいるが、心なしか零美には嬉しそうには見えなかった。

「ご予約を頂いた森田さつきさんと、さつきさんのお母様ですね」
「はい、さつきの母、森田和枝です。今日はよろしくお願いします」

母親の後ろで、さつきは小さくお辞儀をした。

「今日はどのようなお悩みですか?」
「はい。娘のさつきは女優を目指しているんですが、どうでしょう、女優になれますか?」

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母親の和枝は、容姿端麗の娘が自慢だった。元々自分が女優になりたいという夢があったのだが、親の反対などがあって断念せざるを得なかったので、娘にはどうしても女優になってほしかったのだ。

「わかりました。今からさつきさんの命式を出しますから待ってくださいね」

零美はさつきの生年月日を入力して命式を出し、プリントアウトした紙をテーブルに置いた。

「お母様のおっしゃる通り、さつきさんは演者としての才能はありますね。豊かな感性と高い芸術性は天性のものです。表現力も人並み外れています」
「ですよね、そうですよね、やっぱり。ね、さつきちゃん、良かったわね」

和枝はニコニコしてさつきに話しかけたが、彼女は下を向いたまま黙っていた。その様子がどうしても気になった零美は、彼女にやさしく話しかけた。

「さつきさんは女優になりたいんですか?」

彼女は声をかけられ、びくっと肩をすくめたが、下を向いたまま言葉を発しなかった。

「さつきちゃん、先生が聞いてる事にお答えしなきゃだめよ」

娘の反応に苛立ちながらも、感情を抑えて諭すように叱る和枝。
しかしさつきは黙ったままで、零美には彼女がかたくなに心を閉ざしているように見えた。

「あの、お母様…。さつきさんは本当に女優になりたいんでしょうか?」
「はい、そうです、本当です。この子は小さい頃から女優になるのが夢だったんです」

和枝の言葉はさっきより強い口調になっていた。

「でも、私にはどうしてもそうは見えないのですが。さつきさんは本当は、女優ではなくて他の夢があるのではないでしょうか?」
「そんな事はありませんわ。さつきは私の娘ですよ。さつきの事は母親の私が一番よく知っています。さつきは小さい頃から可愛い可愛いって近所でも評判で、皆さんが『将来は女優になったらいいんじゃない』っておっしゃいますの。この子は絶対、女優になるために生まれてきたんです。何を言ってるんですか」

感情的な母親に対し、黙ったままの娘。この二人の間には、大きな溝があるように感じられた。

「確かにさつきさんには、女優としての素質はあると思います。ですが、だからと言って、ご本人が女優になりたいかどうかは別問題です。さつきさんは見た目も美しいので、確かに女優になる事だって出来ると思います。お母様の夢を叶えてあげたいという思いもあるでしょう。でも、本当は違う夢を持っているように私には感じるんですが、いかがですか?」
「そんな事ないと思いますけど。だったらさつきに聞いてみてくださいよ」

いかにも不機嫌そうな母親の口調に閉口気味の零美だったが、娘のさつきをこのまま放っておくのは可哀想に思った。

「お母様、私からの提案なんですが、少しだけさつきさんと二人だけで話をさせてもらえませんか? お母様には言いづらい事があるようなんです。それを私が責任持って聞き出しますから、どうかお願いします」

そう言って、零美は頭を下げたままじっと動かなかった。

「……そうですか、先生がそうおっしゃるなら、私は外に出ていますから、娘とゆっくりお話しください。終わったら電話していただけますか?」
「ありがとうございます」

そして和枝は娘を残して店を出ていった。さつきは黙ったまま、ずっと下を向いていた。
零美はさつきの横に座り、彼女の手を握って話した。

「さつきさん、お母さんは今ここにいないから、心の中で思っている事を、全部私にぶつけてね。今までお母さんに遠慮して言えなかった事、本当になりたいと思っている夢を私に教えて。あなたはお母さんの言う通りに生きなくてもいいの。あなたはお母さんの操り人形じゃないんだから。あなたの人生はあなたのものなのよ」

怯えるさつきに零美は、手を握ったままゆっくりと優しい口調で語りかけた。彼女は下を向いたまま震えている。わずか十六歳の少女は、母親の重圧に押しつぶされそうになっていたのだ。彼女の壊れそうなガラスの心を包み込むように、零美は肩を優しく抱き寄せた。そしてしばらくの時間が過ぎた後、彼女は自分の本音を零美に打ち明けた。

「あのう…、私…、絵を描くのが好きなんです…」

零美に抱えられた彼女は、絞り出すような小さな声で、小さな胸に秘めた思いを口にした。

「絵ね。絵を描くのが好きなのね」

下を向いたまま小さくうなずく彼女。そして、カバンからタブレットを取り出し、自作のイラストを零美に見せた。

「あら、すごいわね。これ本当にあなたが描いたの?」
「はい」

「プロみたい。本当にすごいわ。お母さんには見せたの?」
「いえ…。母には見せていません」

「そうよね、お母さんはあなたに女優になってもらいたいものね。お母さんの事を考えたらなかなか言えないわね」

黙ってうなずく彼女。

「そしたら、大学は美術大学に行きたいんじゃない?」
「はい」

「それなら、それをはっきりとお母さんに言いましょう。あなたは才能があるわ。この絵を見せたら絶対納得するわ、お母さんも。私が応援してあげるから、お母さんにはっきり言おうね」
「はい、わかりました。ありがとうございます」

さつきは顔を上げて、零美を見てにこっと笑った。そして零美は、彼女の携帯から母親に電話をかけた。
それからしばらくして、母親の和枝が戻ってきた。

「お母様、これをご覧になってください」

零美はタブレットのイラストを和枝に見せた。写真のように精微に描かれた絵を見て、和枝は「まあ」と声をあげた。

「これ、さつきちゃんが描いたの?」

さつきは黙ってうなずいた。

「すごい、すごいわこれ。ねえ先生、すごくないですか?」
「はい、私もびっくりしました。高校生でこんなにすごい絵が描けるなんて、素晴らしい才能です。お母様、確かにさつきさんは、類い稀な美少女です。その美しさは、誰もが認めるものでしょう。しかし、芸能界というのは美しいだけでは成功できない世界です。足の引っ張りあい、妬みや嫉妬とかのドロドロとした感情が渦巻いている世界です。そんな世界で生き残れるためには、かなりの精神的な強さが必要です。
しかし、さつきさんは感受性が強すぎて、精神的に傷つきやすいナイーブな方です。だからこそ、こんなに細かい所までていねいに描写できるのですが。

さつきさんは美術大学の進学を希望しています。この才能は日本の宝であり、世界の宝だと言っても過言ではありません。是非ともさつきさんの願いを叶えてあげてください」

零美はさつきの真剣な思いを胸に抱きながら、母親に必死に頼んだ。そしてさつきも母親に頭を下げていた。

「先生、頭をあげてください。私もこの子に絵の才能があるのは知っていました。学校ではいくつも賞をとっていましたし、小さい頃から絵が好きでいつも飽きずに描いていました。だけど、こんなにすごい才能があったなんて…。私の想像をはるかに超えていました。

先生、この子はなかなか言葉でうまく表現できない子なんです。それで女優になるのは難しいかなとは思っていたんですが…」
「お母様、人は誰でも自分の内面を表現したいものなんです。それぞれの得意な表現方法が違っていて、言葉だったり、歌だったり、楽器だったり、文章だったりで表現するわけですが、さつきさんの場合は絵で表現するわけですね。
有名な画家の絵は何十億もするじゃないですか。その絵を見て感動し、それだけのお金を払っても手元に置きたいわけですよね。
さつきさんは間違いなく、人々を感動させる絵が描ける人です。是非とも、彼女の願いを叶えてあげてください、お願いします」

和枝はにっこりと笑ってうなずくと、いたわるようにさつきの肩を抱き寄せた。そして鑑定料を支払って、深々とお辞儀をして二人は帰っていった。零美の頭の中には、さつきの描いた大きな絵がギャラリーで飾られている光景が広がっていた。

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