第29話「浮気夫とその妻」

田中とだけ名乗ったその女性は、詳しい事は勘弁してほしいと言って夫婦の名前と生年月日を書いた。見るからに育ちの良さそうな女性で、高級そうな洋服に身を包み、バッグもブランド物である。零美は夫婦の命式を出して印刷し、彼女の前に置いた。
そして「奥様のお悩みはどんな事ですか?」と言いながら、ホットコーヒーとチョコレートが二つ乗った皿を差し出した。

「あのう…主人の事なんですが…」
少し恥ずかしそうにそう言いながら、出されたコーヒーを一口飲み込んだ。「熱いっ」と思わずこぼれた言葉を隠すように、高級バッグの中からやはり高級そうなハンカチを取り出して口に当てた。
「大丈夫ですか?」と身を乗り出して心配する零美に「猫舌なものでして…。心配してくださってありがとうございます」と丁寧にお辞儀をした。
一拍置いて気を落ち着けた後、意を決したように思いの内を語りだした。

Sponsered Link



「あのですね…。夫はまあ、ある程度名の知れた会社を経営しておりまして、私と子どもたち三人は何不自由ない暮らしをさせてもらっています。都内の一等地に建てた大きな屋敷にお手伝いさんもおりますし、忙しい中、毎年の夏休みには子どもたちを海外旅行に連れていってくれますし、私が運転手付きの車でスポーツジムやショッピングに行けるのも主人のお陰でございます。
私の実家は東北の方で商社をやっておりますが、何の苦労もしないで育てられて家事もろくに出来ない私にも文句一つ言いません。外の人が見れば何の問題もない家なのですが…」

ここまで話して、先ほど火傷しそうになったコーヒーカップの熱さを手で確かめ、少し熱さがおさまったであろうコーヒーをごくっと口に含んで飲み込んだ。そして話の本題に入る事にした。

「そうなのですが、私には一つだけ、主人に困っている事があるのです…」
「困っている事、ですか?」
ゆっくりとした話し方で、なかなか話の本質が見えてこなかった零美は身を乗り出すように聞いた。

「あのう、ですね。主人は昔から、女性関係が激しいと言いますか、まあ、地位もお金もある人ですからしょうがないんですけど。浮気、と言いますか、浮気と言っても体だけの付き合いで、後腐れのないものばかりなんですけど。主人の専属運転手がよく知っていまして、私のためにと逐一報告してくれるんですけどね。まあでも、どれも若い大学生とかそう言う人たちで、お小遣いをあげているって感じなんですよ」

夫の奔放な女性関係を自慢したい妻はいないだろう。持っていたハンカチで額の汗を拭き、そのハンカチをぎゅっと握りしめる様子から、夫婦の恥部を晒す恥ずかしさを必死に堪えている。自分の立場をわきまえて、誰にも言えなかった悩みをここでさらけ出そうとしている事が零美にはよくわかった。

「実はですね、主人の秘書をしている女性がいるんですけど、彼女との仲を以前に疑いまして、探偵に頼んで調べてもらった事があるんです」
社長と秘書と言えば、愛人関係に発展してもおかしくないのは世間一般の常識である。いよいよこれが悩みの本質なのかと零美は聞きながら思った。

「それで、結局は何もなかったんですけどね。でもまあ、今でも疑っているんです、正直な話。かなりの美人さんですから、彼女は」
そう言って、スマホの中から秘書の画像を探しだし、零美の前に置いた。

「あー、なるほど、確かにこれは美人ですねえ。奥様が心配するのも当然ですよ」と言いながら、スマホを彼女に返そうとした。
彼女はそれを受け取らずに「どうですか、先生が霊視してみて、この人と主人の関係はわかりませんか?」と尋ねた。
零美は秘書の画像をじっと見つめた後、目を閉じて、天からのメッセージを待った。そして目を開いて、彼女に向かってにっこりと笑い「大丈夫です。ご主人とは仕事だけの関係です」と言った。その瞬間、彼女の緊張はすーっとほどけて、ようやく息が出来たかのように顔色が良くなった。

「先生、主人の浮気癖は治りませんか?」
「そうですねえ、ご主人は愛情がありすぎるんですよ。ですから、常にだれかに愛情を注いでいないといられないと言うかですね。困っている人を見ると手を差し伸べたくなる人なんですよね」

「じゃあ、浮気はボランティアみたいなものですかね?」と、零美の言葉にユーモアのエッセンスを加えて言葉を返した。
「ボランティアですか、そうかもですよね」と、笑ってはいけないと口を押さえた。この奥さんはなかなか度量の広い人だなと零美は思った。

「奥様はやはり、ご主人の浮気は許せませんか?」と聞きながら、当然でしょと言われるだろうなと考えていたのだが、実際は違っていた。
「いえ、私はもう、主人の浮気を責めるつもりはありません。私も若くはありませんし、若い人たちにはどうやったって勝てませんから、遊びの浮気をする分にはどうぞご自由にと思っています。ただ、本気になってもらうのが困るんです。本気になって家庭を壊すとかはしてもらいたくないんですね。その点はどうでしょうか?」

彼女の一番知りたい内容はこれだ。つまりは、浮気だけで終わる男か、家庭を壊してしまう男なのかを知りたいのだ。下手にプライドの高い女性なら、一度の浮気で激怒するだろう。もしかしたら、若い時分は何度も腹を立てて口喧嘩などもしたのかも知れない。ある程度の年齢を重ね、夫婦としての時間を積み重ねた今は、へんなプライドよりも実をとりたいのだと零美は思った。

「そうですね、ご主人は人の痛みがわかる人だから、誰かを悲しませる事はしないと思います。家族を大事に思っていらっしゃるので、本気にはならないように自制されているようです。女遊びをする分、家族サービスをして穴埋めしたいと思っていらっしゃるのではないですかね」

零美の言葉を聞き、彼女は安心したように笑った。そして「ありがとうございました」と礼を言って、鑑定料を支払って帰っていった。
「どんなに浮気しても、家に帰ってきてくれさえすれば私はいいんです」と言った彼女の言葉に、妻としてのプライドが彼女を支えているのだと零美は思った。

『雨の中の女 神野 守 短編集 第1巻』amazonで販売中!

https://www.amazon.co.jp/dp/B07FYRKPL2/

Sponsered Link



投稿日:

執筆者:

以下からメールが送れます。↓
お気軽にメールをどうぞ!

こちらから無料メール鑑定申し込みができます。お気軽にどうぞ!
お申込みの際は、お名前・生年月日(生まれた時刻がわかる方は時刻も)・生まれた場所(東京都など)を明記してください。
ご自身のこと、または気になる方との相性などを簡単にポイント鑑定いたします。何が知りたいかを明記の上、上記までメールを送ってください。
更に詳しく知りたい方には有料メール鑑定(1件2000円)も出来ます。

最新の記事をツイッターでお知らせしています
神野守(@kamino_mamoru)





  • 82現在の記事:
  • 36202総閲覧数:
  • 175今日の閲覧数:
  • 268昨日の閲覧数:
  • 1588先週の閲覧数:
  • 6118月別閲覧数:
  • 17766総訪問者数:
  • 103今日の訪問者数:
  • 143昨日の訪問者数:
  • 932先週の訪問者数:
  • 2927月別訪問者数:
  • 118一日あたりの訪問者数:
  • 1現在オンライン中の人数:
  • 2018年8月14日カウント開始日: