零美は、入って来た女性を見るなりこう言った。
「風間響子さんですね。ようこそいらっしゃいました。しかし本当にそっくりで、見分けがつかないほど良く似ていらっしゃいますね」
彼女は驚いた表情をしていたが、零美の噂を聞いていたのでニッコリと微笑んだ。
「さすが零美先生、噂通りの方ですね。まだ何も言っていないのに、よく私が双子だってわかりましたね」
「それは見ればわかりますよ。さあ、どうぞこちらへ」
零美に促され、彼女はソファーに座った。
「今日は妹さんの事でいらしたんですね」と言われ、彼女は「えっ!?」と大きく口を開けたままフリーズしてしまった。
「ど、どうしてそれを? 先生の力はどこまですごいんですか?」
彼女は、噂以上の零美の能力に感心しきりだった。
「亡くなった妹さんのお気持ちが知りたいと……」
「ええ……」
そう言って彼女は俯き、バッグからハンカチを取り出して目を覆う仕草をした。
「お飲み物はホットコーヒーでよろしいかしら?」
「ありがとうございます」
零美はカウンターに入ってコーヒーを淹れ、カップを三つ持ってきた。彼女と彼女の隣、そして自分の前にカップを置いた。
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「どうして三つ?」と不思議な顔の彼女に「妹さんの分も……」と言って目を手で覆う零美。亡くなった妹のために用意してくれたんだ、優しい人だなあと零美の心遣いに感謝した。
「私と妹の静子は、小さい頃から仲が良くて、いつも一緒に行動していました。食べ物の好みや洋服の好み、好きなアイドルなんかも一緒でした。たとえ距離が離れていても、私がお腹が痛い時には静子もお腹が痛かったし、学校でクラスが違うのに授業中にトイレでばったり会うなんて事もありました。
男性の好みが一緒だったから、どうしても同じ人を好きになってしまって……。ある時、最初にデートを申し込まれたのが静子で、二人は付き合うようになったんです。それで、たまに静子が用事がある時なんかは、私が静子の身代わりになってデートしたりとかして。彼は私たちが双子って知らなかったから、最初は全然気がつかなかったそうです。
そして、彼と静子が結婚する事になって、家に挨拶に来た時に初めて双子だってわかって驚いていました。その後二人は結婚して幸せに暮らしていたんですが、静子が突然交通事故で亡くなってしまって……」
彼女は言葉に詰まって下を向き、嗚咽が漏れないようにハンカチで口を抑えた。話を聞きながら、零美ももらい泣きをしていた。しばらくの間をおいて、落ち着きを取り戻した彼女が零美にこう聞いた。
「それでですね、今日聞きたいのは、妹は天国に行けたのかなあと……。突然の交通事故だったので、この世に未練を残して彷徨っていないかなあと思いまして……」
彼女のその質問に、零美は静かに答えた。
「静子さんは、未練を残しています」
「えっ……!?」
意外な言葉に驚いて声が出た。彼女としては「大丈夫、天国に行ってますよ」と言う答えを期待していたからだ。
「じゃあ妹は、天国に行っていないというわけですか?」
「はい」
「では、妹はどこを彷徨っているのでしょうか?」
「あなたの近くです」
思ってもいなかったその言葉に、彼女は一瞬身震いをして、辺りをキョロキョロと見回した。
「えっ、えっ、……どこですか? 先生には視えるんですか?」
「はい。私には視えます」
「えっ、……どこですか?」
「あなたの隣に座っています」
「……」凍りついた彼女は、静止したまま声も出さない。その時間が数分経った後、ようやく彼女は左隣りを見た。しかし、そこには何もない空間しかなかった。
テーブルに置かれたもう一つのコーヒーカップが、彼女の視界に入った。すると、風もないのに、カップの中のコーヒーが波を立て始めた。そして、右回りにぐるぐると回り始めた。彼女と零美のカップを見るが、全く何の動きもない。ただ、隣のカップのコーヒーだけが動いていたのだ。
彼女は恐る恐る、零美に質問を投げかけた。
「あの……、妹は私の事を怒っていますか……?」
その質問に、零美は黙って頷いた。そして彼女にこう言った。
「理由はお分かりですね、響子さん」
その落ち着いた低い声は、零美が真相を全て知っているという事を彼女が理解するのに十分だった。
「あなたが殺したんですね、響子さん」
言葉が出ない。体が動かない。零美の冷たい視線が、彼女の体をコントロールしているようだった。
「あなたが店に入った時から、隣にいらっしゃったんです。全身ずぶ濡れで血だらけの静子さんが」
「……」
「雨の降る夜だったんですね。あなたに足を引っ掛けられてしまった彼女は、道路に飛び出てしまい大型トラックに轢かれてしまった……。そして即死だったのです」
「……」
「あなたの隣には、手足が変な方向に捻じれてしまった静子さんがいらっしゃいます。さっきからずーっと、あなたの顔を睨んでいたんですよ」
「……」
「あなたは、静子さんの夫と不倫していたんですね。そして静子さんがいなくなれば、彼と一緒になれると思った……」
「いやーーーーーー!」
絶叫と共に突然立ち上がった響子は、脱兎の如く駆け出して入り口のドアを開けた。そして脇目も降らずに走り続け、交差点で大型トラックに撥ねられた。それを見ていた通行人が「きゃーーーーー!」と悲鳴をあげた。
急いで彼女を追いかけてきた零美は、彼女がもう息をしていない事を悟った。呆然とする零美の隣には、何も言わずに笑みを浮かべる静子の姿があった。
零美は黙って合掌をし、通行人が救急車を呼んだ事を確認してその場を立ち去った。しばらくの後、ふっと後ろを振り返ると、もう静子の姿は視えなくなっていた。
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