第36話「パワハラに悩む男」

大きな体で短髪のその男性は、その体格に似合わずおどおどとした感じで店のドアを開けた。「あのう……。予約していた広崎勉です」と言う声は小さかった。
「どうも、お待ちしておりました。どうぞ中に入ってください」と零美に促され、「失礼します」と遠慮がちに入ってきた。

「広崎さんのお悩みは何ですか?」と言いながら、零美は紙とボールペンを用意した。広崎は「あのう……実は、職場の上司の事なんですが……」と重たい口を開いた。

「私は、名前は言えませんが、とある大学の職員をしております。そして名前は言えませんが、とある運動部の学生たちに対してコーチという立場にいるのですが、私の上司であるその運動部の監督との関係に悩んでいるんです」
「監督が上司であなたが部下ですね」

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「はい。私は、監督の指示を学生たちに伝える役目になっているのですが、あまりにもひどい指示を学生に伝える事に、内心とても葛藤してしまうと言うかですね……」
「たとえばどんな内容なんですか?」
「それは……私の口からはなんとも……」と口をつぐんでしまった。

「わかりました。では、この紙にあなたと上司の名前と生年月日を書いていただけますか?」
彼は黙って頷き、言われた通りに紙に書いた。それをパソコンに入力し、出した命式を彼の前に置いた。

「まず、広崎さんは、争いを好まず和を大事にしたいという人ですね。組織とかチームを大事に考えるタイプで、体育会系の縦社会の構図にはあまり疑問を持たないのかなと思います。上からの指示は絶対、という感じでしょうかね」
「はい、そうですね。チームの勝利が絶対ですから、自分の考えは持たないようにしているのかも知れません」

「そしてこちらの監督さんですね。この人は、割と感受性が鋭くて、言葉で話さなくても相手の考えている事がわかるので、相手に対しても『これぐらい察しろよ』という要求をすると言うか、あまりコミュニケーションが得意な人ではないですね。『言わなくてもわかるだろ』と思っているので、言葉が足りないと言うか……」
「確かに、あまり口数が多い人ではありません。こっちが意図を汲んで行動する事が多いです。よっぽど大事な時にしか話をしないですね。特に学生たちには」

「ある意味、人を信用しすぎるという風に言えるかも知れません。『これぐらい許されるだろう』とか『俺に逆らう奴はいないだろう』という感じで。良く言えば、人を疑わない、純粋、悪く言えば無責任、誰かが責任を取ってくれるだろうという考え方ですかね。普通、上に立つ人というのは、責任は俺が取るから安心しろ、という態度であるべきなんですけども、この人には難しいかも知れません」
「確かに、責任を取るというタイプではないかも知れません……」

「こういう人の下では、かなりストレスが溜まるのではありませんか?」
そう言う零美には、既に彼が相当のストレスを抱えている事がわかっていた。
そして力なく「はい……」と答えた広崎。

「私には、もう限界のように感じられるんですが、本音としていかがですか?」
優しく言葉をかけられ、彼は体を震わせながら「実は……」と切り出した。

「今度の試合で、ある学生に反則行為をさせるように命じられているんです……」
「それはどんな?」

「それは……相手の中心選手を潰せ、ケガをさせろ、と言う事です……」
下を向いたまま体をぶるぶると震わせている彼を見て、それがどれほど恐ろしい事なのかが伝わってきた。

「そんな事をしたら、もしも当たり所が悪ければ死ぬ可能性だってあるんじゃないですか?」
零美の言葉に、彼は下を向いたまま、黙って小さく頷いた。

「もし大ケガを負わせてしまったら、どうやって責任を取るんですか!」
つい興奮して声が大きくなってしまい、我に返った零美は「すいません」と小声で謝った。

「この監督が責任取れるんですか? この人はいざとなったら、選手やコーチであるあなたのせいにするんじゃありませんか?」
「……」

「こんな事、今回が初めてじゃないんでしょ?」
「……」

「今までだって、きっと何回もやってきたんでしょ?」
「……」

「その度に、責任はやった選手だけに負わせて、自分たちは知らん顔してきたんじゃないですか?」
下を向いたまま体を震わせている広崎。零美にはわかっていた。ここでこの人を責めても仕方がない。責められるべきはその監督なのだ。この人は、監督と選手の間に入っている伝達係にすぎない。拒否をすれば自分がクビになり、次の人がその役目を果たすだけ。何とも理不尽な世界である。

「その監督には、誰も物申す事は出来ないんですね?」
彼は黙って小さく頷く。

「そうですか……。そうならば、大きな事故が起こる前に、あなたはその監督から離れるべきだと思いますよ。今の職を辞める事は出来ないんですか?」
「そ、それは……今の私には出来ません。ただ黙って監督の命令に従うしかないんです」
両手の拳を力強く握りしめ、彼は骨が軋むほど悔しがった。
零美には、多くを語らない彼の事情を察してあげるぐらいしか出来なかった。

「仕事を辞める事も出来ない、かと言って、選手にやれと言う事も出来ない……。申し訳ありませんが、私には、仕事を辞めた方がいいとしか言えません。もし大惨事になれば、指示を伝えたあなたの責任は免れないはずですから」
あえて冷たく突き放すようにしか言えなかった。少しでも危険性があるならば、そこに居てはいけない。危険な場所からは逃げなければいけないのだ。

彼は立ち上がって、力なく帰っていった。その後ろ姿が不憫で仕方なかった。
彼が居なくなってもなお、店内には重たくどんよりとした空気が充満していた。

それから何週間か過ぎ、テレビのニュースを見た零美は愕然とした。そこには、監督と共に多くの取材陣に囲まれた彼の姿があったのだ。結局、悪い予感は的中し、最悪の結果となった。被害者側は被害届を警察に提出していた。多くのフラッシュを浴びてしどろもどろの会見をする彼を見ながら、零美ははらはらと涙を流すしかなかった。

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