第37話「生きづらさを感じる男」

夕方に訪ねてきた客は、色白で痩せており、手足がひょろ長く伸び、全体的に中年の悲哀を感じる男性だった。「こんばんは」と低く小さな声でドアを開け、笑顔を作ろうとしているがどこかぎこちなかった。

「あ、あのう、お客様はご予約の水島慎之介様ですよね!?」
「はい、水島です。今日はよろしくお願いします」
そう言って、親子ほども年下であろう零美に対し、彼は深々と頭を下げた。

「どうぞ、ソファーにお掛けになってください。お飲み物はホットコーヒーでよろしいですか?」
「はい、ありがとうございます」
腰掛けて辺りを見回し、何故かわからないが心が落ち着く、と彼は思った。

二人分のコーヒーを持ってきた零美は、「どうぞ」と言って彼の前にカップを置いた。「ありがとうございます」と言って頭を下げ、強張った顔で無理に笑顔を作ろうとしていた。

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「水島さんのお悩みは何ですか?」
「悩み、と言うかですね、生きている事自体が悩みなんですけど……」

「と言いますと?」
「なんかこう、うまく言えないんですけど。昔っから僕は、生きづらさを感じながら生きてきたんです」

「生きづらさですか。生きる事が苦しいって事ですかね?」
「はい。考え始めたのは中学の頃からですかね。なんかこう、友だちと話が合わないって言うか……。まあ、表面的には話を合わせているんですけどね」

「なるほど」
「魂が肉体から遊離しているっていう感覚と言えばいいのか、生きづらいと言うか、息苦しいと言うかですね」

「息苦しいと言うのは、肉体と言うより、魂が息苦しいって事でしょうね」
「はい。体は健康でも、魂が病んでいる感じです。それは昔からなんですが、今は五十を過ぎて、肉体的に痛いところがたくさんありましてね。特に首です。二十三歳の頃に交通事故でむち打ちになりましてね。若い頃は痛くも何ともなかったんですが、三十代後半になる頃から首が痛くなってきたと言いますか、古傷が痛むようになってきたんです。もう、首から上をそっくり付け替えたいぐらいにきついんですけどね」
そう言って、右手で首を押さえる仕草をする。

「十代の頃から死にたいと考えていましてね。霊界の本とか好きだったんです。それでどうやったら楽に死ねるかといろいろ調べたんですけど。首つりってあるじゃないですか。すぐに下ろしてもらえばいいんですけど、死んでから時間が経過すると、全身の筋肉が緩んであらゆる穴から体液が出るらしいんですよね。下半身は糞尿まみれになるんだそうで。それはもう、発見してもらう人に申し訳ないなあと思って……。

あと、凍死の場合は、寒いはずなのに暑くなったと錯覚して衣服を脱いで裸で発見される人もいるそうで。もし真っ裸で発見されたら、それもまた恥ずかしい話じゃないですか。焼死や溺死はとんでもなく苦しいって言いますしね。

そんなこんなで、死ぬ勇気がないまま今日まで生きてきたんですけど。どうしてこんなに息苦しいほど生きづらいのかなと思って、先生に聞いてみたかったんです」

「そうなんですか。その状態が何十年も続いてきたんですね。大変でしたね……。ちょっと待ってくださいね」
そう言って零美は、目を閉じて感覚を研ぎ澄ました。しばらくした後、感じたままを言葉にした。

「水島さんの先祖の記憶なのか前世の記憶なのかはわからないんですけど、その人は人間が嫌いで、山とか海とか草花とか動物だとかの自然界が好きだったんですね。それでその人は、人間から離れて生きるようになった……。その人は生きる目的を探して、ずーっと遠くに旅に出たんです。そしてそのまま霊の世界に行ってしまった……。そういう人の記憶が刻まれているようですねえ」

「なるほど、わかりました」と彼は答えた。
「僕もやっぱり、人間が嫌いなんですよ。その人の生まれ変わりって事なんですかね?」

「生まれ変わりっていうのがあるのかどうかは私にはわかりません。輪廻転生を主張する方もいらっしゃいますね。あとはパラレルワールドとかですね。どこからのメッセージなのかは私にはわかりませんが……」
「その人は、そのまま霊の世界って事は、自殺しちゃったって事ですか?」

「うーん、自殺と言うよりも自然死なんじゃないですかね。生きていたけど、ある日そのまま霊の世界に入っていったって感じです」
「そうですか……。そのまま生きたまま、すーっと行っちゃったんですかね」

「その方は、お坊さんか修道者のような人みたいに見えますね」
「ああ……僕もそういうのに憧れた事がありました。でも、低血圧で早起きが苦手だし、食べ物にも制限があるから難しいかなって諦めました」

「その方自身、生き方に悩んで悩んで悩みながら死んでいったようなので、水島さんの魂にその記憶が刻まれているのかも知れませんね」
「なるほど……。その人も苦しんで死んでいったんですか。じゃあ僕も、楽に生きちゃいけない気がしますね」
笑顔を作ろうとして、顔が引きつって見える。

「あと、僕は北陸出身なんですが、何故か昔から京都が好きなんです。これは何故なんでしょうか?」
「それはですね、水島さんのご先祖は、京都からの落人のようですね。だから故郷に帰りたいんだと思います」

「なるほど、そうだったんですね。なんか長年の謎が解けました。ありがとうございます」
彼は零美に丁寧すぎるほどの礼を言って帰っていった。彼はこれからどう生きていくのか、少なくとも自殺はしないだろうなあと零美は確信していた。

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