第38話「夫に愛人がいる女」

平日の昼下がりにやってきたその女性は、いかにも上品な立ち振る舞いで、育ちの良さを漂わせていた。綺麗な顔立ちの口から発せられた「お邪魔します」の一言にも、知的で教養を備えた人物であろうと見て取れた。年齢の割には背が高く、若い頃は相当の美人だっただろう。

「お電話頂きました真行寺美津江様でいらっしゃいますか?」
「おっしゃる通り、私が真行寺でございます。今日はよろしくお願いいたします」
背筋をピンと伸ばした状態から、彼女はゆっくりと頭を下げた。

「お待ちしておりました。こちらに腰掛けて頂けますか?」と言ってソファーへと誘導し、「お飲み物はいかがでしょう?」の質問には「紅茶でお願いします」と答えた。紅茶をチョイスするあたり流石、と零美は感心しきりだった。

紅茶を用意し、席に着いた零美は彼女に「奥様のお悩みはどんな事でしょうか?」と尋ねた。彼女はバッグから取り出したハンカチを、汗ばんだ額に当てて下を向いた。そしてしばらくの後、顔を上げて話し始めた。

Sponsered Link



「実は、主人の事なのですが……。主人は会社経営をしているのですが、海外進出を考えておりまして。それで台湾の実業家の女性と知り合い、取引をするうちに男女の深い仲になったようで、その女性のマンションに住むようになって、今は家に帰ってきません。主人が彼女と別れて、私の元に帰ってくるかどうかをお聞きしたいのですが……」
彼女のハンカチを握りしめた右手が、少しぶるぶると震えているように見えた。

「わかりました。それではこの紙に、奥様とご主人とその相手の方の生年月日を書いていただけますか? ご主人や相手の女性の名前は聞かない方がよろしいでしょうから、名前は書かなくて結構です」
名前まで聞かない方がお互いのために良いだろうと零美は考えたのだ。彼女は紙に書いた後、バッグの中から何かを取り出した。

「これは探偵さんに頼んで撮ってもらった、浮気の証拠写真です。参考になればと思いまして……」と言って、三枚の写真を零美の前に置いた。命式を出してプリントアウトした紙を持ってきた後、零美はその写真をじっくりと見た。二枚は遠目からのものだったが、残りの一枚には二人の顔がはっきりと映っていた。

「この女性、四十二って事はご主人と二回り違うって事ですね。ただ若いってだけで、顔はどう見ても奥様の方が綺麗じゃありませんか。どこがいいんでしょうかね? 若さですかね?」
「私も会った事は一回だけありますが、色気が漂っていて男好きする女という印象でした」

「なるほど。どちらかと言うと奥様は知的な女性ですからね。奥様とご主人の命式を見てみますと、運の強さや財運などはご主人に比べて奥様がかなり強いです。どちらかと言うとご主人は、社長と言うよりも技術者タイプじゃないかと思います。会社が大きくなったのも、奥様の財運と社会運のおかげですね。

こちらの女性は、一代で会社を興すほど強い運を持っています。そして直観力に優れ、人を見極める能力がありますね。また甘え上手です。知的な男性は甘えてくる女性に弱いんですよね」
「ああ、そうなんですね……。私は昔から甘えるのが下手って言うか、そういう事が簡単に出来てしまう女性が羨ましいと思ってしまいます」

「でもですね、この女性はご主人よりも何倍もやり手です。ご主人の会社を乗っ取って自分のものにする気なんです。そして、ご主人は用済みになって捨てられると思います。でもそれに気づかないんですよね、残念ながら。

私がお勧めしたいのは、一日も早く離婚して、財産分与プラス慰謝料をもらう事ですね。この女性にお金を取られてしまった後では、もらえる分が少なくなってしまいますから。そしておそらく、奥様と別れたらご主人の財運はなくなりますが、それはもう心配する必要はないと思います。それこそご主人の自業自得なのですから」
「そうですねえ……。もう戻っては来ないんですかねえ……」

溜息交じりにそう言った彼女は、悲しそうに俯いていた。零美は、夫と別れたくないという強い波動を彼女から感じ取っていたのだが、だからこそ強い口調で離婚を勧めた。
彼女は悪くない。悪いのは明らかに夫なのだ。例え夫が愛人に捨てられて一文無しになったとしても、彼女に何の非があるだろうか? 何の非もないのだ。
それどころか、浮気をやめて自分の元に戻ってくれば、夫を許そうとさえ考えている。そんな彼女の思いがひしひしと感じられた。

「奥様は、ご主人を愛していらっしゃるんですね」
「いや、愛しているなんて年でもないんですけど……。人様より良い暮らしをさせてもらえたのも主人のおかげですから。息子や娘たちの教育にもお金をかけてもらいましたしね。もし帰ってきてくれるなら、今までの事は許してもいいかなとは思っているんです」

何とも優等生の答えである。感情的にならず、常に冷静で表情もあまり変わらない。整った顔立ちだけに、冷たくも感じられてしまう。夫が他に愛人を作って出て行ってしまうのも理解出来る気がした。しかし、だからと言って、同じ女として彼女の夫の所業は許せない。冷静な相談者に対して、零美の方は感情的になっていた。

「兎にも角にも、ご主人が一文無しになる前に離婚される事をお勧めします。息子さんや娘さんたちのためにも、少しでも多くのお金を残してあげるのが良いと思うのです。私がこの写真から感じますに、ご主人は帰ってこないし、この愛人は会社を乗っ取ったらご主人を捨てるでしょうから。ね、奥様、そうしましょうよ」

自分でも感情的になっている事はわかっていた。普段の零美ならあり得ない言動だ。感情的になってはいけないと、普段から自分に戒めていたはずなのに……。しかし、この夫がどうしても許せない。そして、この女性が可哀想で仕方なかったのだ。

「わかりました。少し考えてみます。今日はありがとうございました」

そう言って、彼女は料金を払って帰っていった。最初から最後まで、感情的になる事なく冷静だった。大概の女性なら、少しは感情的になったり涙を見せたりするものなのに、彼女は一滴の涙も見せなかった。
その姿が零美にとっては、ある意味、薄ら怖く感じられたのだった。

『雨の中の女 神野 守 短編集 第1巻』amazonで販売中!

https://www.amazon.co.jp/dp/B07FYRKPL2/

Sponsered Link



投稿日:

執筆者:

以下からメールが送れます。↓
お気軽にメールをどうぞ!

こちらから無料メール鑑定申し込みができます。お気軽にどうぞ!
お申込みの際は、お名前・生年月日(生まれた時刻がわかる方は時刻も)・生まれた場所(東京都など)を明記してください。
ご自身のこと、または気になる方との相性などを簡単にポイント鑑定いたします。何が知りたいかを明記の上、上記までメールを送ってください。
更に詳しく知りたい方には有料メール鑑定(1件2000円)も出来ます。

最新の記事をツイッターでお知らせしています
神野守(@kamino_mamoru)





  • 68現在の記事:
  • 35420総閲覧数:
  • 2今日の閲覧数:
  • 162昨日の閲覧数:
  • 1173先週の閲覧数:
  • 5336月別閲覧数:
  • 17355総訪問者数:
  • 2今日の訪問者数:
  • 120昨日の訪問者数:
  • 740先週の訪問者数:
  • 2516月別訪問者数:
  • 105一日あたりの訪問者数:
  • 1現在オンライン中の人数:
  • 2018年8月14日カウント開始日: