第39話「漫画家になりたい女」

土曜の午後、丸顔に丸くて赤いメガネをかけ、全体的に丸い体型の少女が店にやってきた。
外は日差しが強いのか、じっとりと汗ばんでいるのだが、そんな事は気にしないおおらかさを持っていた。

「こんにちはー!」と高くて綺麗な声が店内に響く。顔全体に満面の笑みを浮かべ、地球全体が私の味方よ、とでも言いたげな表情である。零美は一目見て、すぐに彼女が好きになった。

「お電話してくれた美津島くるみさんですね」
「はい、美津島です。よろしくお願いします」

そう言って、元気よく頭を下げた。見るからに躍動的である。一挙手一投足にエネルギーが満ち溢れている。若いっていいなあと、素直に思わせてくれる少女だった。

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「先生、お土産です」と差し出したのは、大きなコーラのペットボトルで、「一緒に飲みましょ。私コーラが大好きなんです」と小首を傾かしげて笑った。
「わあ、ありがとう。私もコーラが大好きなのよ。さあ、こちらへどうぞ。今グラスを用意しますからね」

そう促されて歩きだした彼女の後ろ姿は、ペンギンのように愛らしい。ペタペタと足音が聞こえてきそうである。
零美は思わず出そうになった笑いを堪こらえて、氷を入れたグラスに、キンキンに冷えたコーラを注ぎ込んだ。弾はじける炭酸がいかにも美味しそうに見えた。

「どうぞ」と、ピーターラビットの絵が描かれたコースターに、子どものように汗をかいたグラスを置いた。「ありがとうございます」と笑う彼女の笑顔が眩まぶしい。
そして自分のコースターはスヌーピーだった。お客に合わせてカップやコースターを変えるのは零美の拘こだわりだった。

「美津島さんのお悩みは何ですか?」
「はい、私は今、高校二年生なんですけど、将来は漫画家になりたいんです。先生、私は漫画家になれますか?」
メガネの奥の大きな瞳がキラキラと輝いている。夢を持つ少女のエネルギーが目力に現れているのだ。

「わかりました。美津島さんの生年月日を書いていただけますか?」
「はい!」
大きな声で元気に返事をして、さらさらと流れるように書き出した。零美はそれをパソコンに入力して命式を出し、プリントアウトして彼女の前に置いた。

「美津島さんは女性的な星が多いですね。愛情が深くて、人が喜ぶ事をしてあげたいって感じです」
「はい、私はみんなの笑顔を見るのが大好きなんです」
そう言って笑顔を見せるのも、相手に笑顔になってもらいたいからだった。この子には華がある。お世辞にも美人とは言えないが、人を惹ひきつける魅力がある。役者なんかも合っているのでは、と零美は思った。

「想像力が豊かで、頭の中でいろんな事を考えているのね。想像力は創造力につながるから、漫画家は合っているんじゃないかしらね」
「えー、本当ですか!? ありがとうございます!」
喜びを素直に爆発させる。感情表現が豊かだ。大きな体の中に、マグマのような熱いエネルギーがうねりをあげているように感じられた。すると彼女は、大きなバッグからスケッチブックを取り出した。

「先生、良かったらこれ、見てください!」
彼女が見せたのは、今まで描いてみた漫画のキャラクターだった。登場人物は高校生の男女。いろんなタイプの高校生を描き分けていた。

「へー、上手いね。これはモデルとかいるんじゃない?」
「はい、私の周りの友だちとか、友だちの友だちとか……。あとは、こんな人がいたらいいなって希望を描いてます」

「ちょっと、私の似顔絵描いてもらえないかしら?」
「えー、いいんですか!? 先生みたいな美人、ぜひ描かせてください!」

バッグの中からシャープペンシルと色鉛筆を取り出し、スケッチブックの新しいページに描き出した。すらすらと下書きを描き、細かい線を修正したりして、その上から線をなぞり、今度は色を足していく。赤、青、黄などの色鉛筆を少しずつ混ぜたりしながら完成させていった。

「出来ました!」と両手を大きく広げて叫んだ。そして「どうぞ!」とスケッチブックをくるりと回転させて零美に手渡した。

「すごーい! なんか似てるわー! こんなにオシャレに描いてくれて、本当にありがとう。もし良かったら、うちの旦那さんも描いてくれない?」
「ええいいですよ、喜んで!」
零美は「ありがとう」と言って、描いてもらったばかりの作品を奥にいる和彦に見せにいった。

「和彦さん、ちょっとこれ見て!」
興奮気味の声に、パソコンに向かっていた和彦は振り向いた。そして見せられた似顔絵に「すごい!」と声をあげ、「僕も描いてほしい!」と立ちあがった。

「こんにちは、初めまして。彼女の夫です」と照れ笑いの和彦に、「こんにちは、美津島くるみです。よろしくお願いします!」と元気な声がかけられた。一瞬で彼女に魅了される和彦だった。
席についた和彦を見ながら、彼女のペンは精密機械のように動いていった。そして、あっと言う間に一つの作品を完成させた。

「す、すごい、すごいね、君! もうプロになれるんじゃないか?」
思ったままを素直に口に出した。その言葉に彼女は、「そうですか……!?」と恥ずかしそうに照れている。

「これにサインしてほしいな。君が将来、売れっ子漫画家になったらお宝になるだろ?」
和彦にそう頼まれて、彼女は自分の名前を書き、二人にプレゼントした。

「ありがとう。これは額に入れてお店に飾らせてもらうわね」
「本当ですか!? ありがとうございます! 先生、私、漫画家になれそうですか?」

「うん、きっとなれるよ。あなたには才能がある。それに運も強い。将来期待しているわ」
「ありがとうございます!」

彼女はまるで飛び跳ねるように、何度も何度も頭を下げた。その仕草も人を惹きつける要因だ。人を喜ばせる事が出来る人は、きっと願いが叶うはずだと、零美は強く確信した。
才能を褒められた彼女は、来た時よりも数段パワーアップして、さらに元気に帰っていった。
そのしばらく後、零美は和彦に「額を買ってくるね」と言って、元気に店を飛び出した。彼女の元気が乗り移ったかのように和彦には感じられた。

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