第41話「両親が離婚した青年」

雨上がりの夕方、背が高く足は長い、銀縁のメガネの奥には涼しそうな瞳が見える男子大学生がやってきた。「こんばんは」と頭を下げた行儀の良さに好感が持てる。

「戸山太陽くんね、お待ちしていました。どうぞこちらへ」
「失礼します」と言って再び礼をした。挨拶がきちんと出来るのは、体育会系の部活で教育されたからなのか、それとも家庭での躾なのか。とにかく気持ちが良い。

「戸山くんは、今日は紹介で来てくれたのね」
「はい。桐山麗奈さんって、前に来た事があると思うんですけど……」

「あー、はいはい。高校の……二年生……だったっけ?」
「はい。彼女とはバイト先が一緒で、この前一緒に休憩してた時に先生の話を聞いて、それで僕もお話を聞きたいなあと思いまして……」
アルバイトの面接でもないのに、背筋をピンと伸ばしている。

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「あー、そうなのね。戸山くんは、何かスポーツでもしてたのかしら? さっきからすごく姿勢がいいから気になっちゃって」
「あ、部活はですね、中学時代は陸上で高校時代はバレー部でした」

「へー、すごいね。見るからに筋肉が半端ないって感じなんだけど」
「あ、これはですね、筋トレが趣味なんですよ。まだまだなんですけどね」
頭をかきながら照れ笑いをする。盛り上がった筋肉を触ってみたい衝動に駆られたが、何だこのおばさん、と引かれるのも恥ずかしいのでやめた。

「戸山くんの悩みは何かしら?」
「はい、実はですね、僕の両親は、僕が小学五年生の時に離婚しました。親権をどちらにするかで揉めたんですけど、結局は母と暮らす事になりました。母はその後再婚して、今は新しい父と三人で暮らしています。

新しい父も離婚していて、前の奥さんとの間に小学生の子どもが一人いるんですけど、その奥さんは再婚して新しい家庭を築いたので、子どもに会わせてくれないらしいんです。ちょっと可哀想だなと思って……。

新しい父は母を大切にしてくれますし、僕の事も実の息子のように思ってくれています。すごく有難いんですけど、やっぱり、お金の事はなかなか頼みづらいと言うかですね。
大学の費用を出してもらったり仕送りしてもらっているんですが、本音の部分では、実の息子じゃないのに、という思いがあるんだって母から聞いたんですよ。

それ以来、なかなかお金の話をしづらいと言うかですね。それで、実の父にお金の話をしてみようかなと思ったんですが、それがいいのかどうか先生に相談してみようと思いまして」

「実のお父さんとは連絡をとりあってないの?」
「はい。母が嫌がるんです。でも、おじいちゃんおばあちゃんが、手紙をくれたりお金を送ってくれたりするので、おじいちゃんたちが元気なうちに会いに行きたいなあとは思っています」

「お父さんの生年月日わかる?」
「はい」と答え、紙に書いて零美に手渡した。それをパソコンに入力してプリントアウトし、彼の前に置いた。

「これが父の写真です。僕が小学校の時のですけど」
そう言って彼が見せたのは、動物園に行った時の写真だ。両親と彼の三人で写っている。

「とても優しそうなお父さんね」
「はい。厳しい所もありましたが、僕はとても尊敬していました」

「お父さんの命式を見ると、とても理論的で知的な方のようね。自己主張はあまりしないし、争いごとは嫌いって感じで」
「そうですね。どちらかと言うと無口ですかね。静かに本を読んでいた記憶があります。逆に母は、おしゃべりで感情的って言うか、性格は正反対だったと思います。口喧嘩などは母が一方的に父を責めて、父は何も言わずに黙っているって感じで、そういうのを繰り返して離婚に至ったようです」

「なるほど、お母さんに問題があったようですね」
「まあでも、新しい父とは今の所うまくやってますから、母だけが問題ってわけじゃないと思います。父も頑固で譲らない人間なので、どっちもどっちって感じです」

「実のお父さんは再婚していらっしゃるの?」
「はい。再婚して子どももいます。それでさらに会いづらくなったというのもあるんです。新しい家族の邪魔をしても悪いなと思って……」

零美は彼から渡された家族写真をじっと見つめ、その写真から父親の深層心理を探ろうとしていた。

「お父さんは、思っている事を簡単には口にしない人なんですね。口にすると安っぽくなると思っているんです。だから、本当は離婚したくなかったと思っているんですよ。だけどそれが言えなかった。お母さんは言ってほしかったと思うんですけどね。

この写真見てください。お父さん嬉しそうじゃないですか。お父さんは、戸山くんの事をとても愛していらっしゃったんですね。そしてそれは今も変わりません」
「でも、今は、新しい奥さんとの子どもがいますけど……」

「確かに、そのお子さんもお父さんの子どもです。でもね、一番最初の子どもって、特別なんですよ、親にとっては。第一子って言うのは、初めて自分を親にしてくれた存在なんです。初めて戸山くんに出会った感動って言うのは、絶対忘れられないものなんです。

お父さんがね、戸山くんと離れる時にどんなに辛かったか。夫婦は別れてしまえば他人に戻るんだけど、親子ってどこまでも親子でしょ。どんなに離れていても親子なんです。
世の中には、会いたくてももう絶対会えない親子もいます。でも、戸山くんとお父さんは、生きている限り何度でも会えるんです……」

零美の唇が震えていた。亡くなった和美の事を思い出したからだ。しばらく間をとった後、呼吸を整えて話を続けた。

「お父さんに会って、お金の事を話したら良いと思います。現在のお父さんの経済状況がわからないので何とも言えませんが、少しでもあなたのためにしてあげたいと願っているはずです。お父さんに頼るという事も親孝行なんですよ」

彼はその言葉に小さく頷いた。そして何度も礼を言って、必ず父に会いに行くと約束をして帰っていった。
彼を見送った零美は、親子の絆が取り戻される事を願わずにはいられなかった。

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