第44話「誰の子か知りたい女」

素性を隠したいその女性は、大きな帽子に大きなサングラスで零美の店に現れた。
「すいません、名前はとりあえずミドリでお願いします」と電話で聞いていたので、「ミドリさんですか?」と尋ねると、黙ってこくりと頷いた。

「お待ちしていました。こちらへどうぞ」と促され、足早にソファーに座った。帽子を目深に被り、体を丸めて下を向いている。ただならぬ緊張感を発する彼女に「コーヒーなどいかがですか?」と尋ねると、再び黙って頭を縦に振った。

ここには様々な事情を抱えた客がやってくる。好きな人との相性を占ってほしいと言う若い女性が大半だが、時には、人には知られたくない隠し事を胸に秘めている人もいる。占い師なら誰でも良いわけではない、秘密を本当に守ってくれるかどうか、それが彼女にとっては気がかりなのだ。

一人で背負うには辛すぎる重荷でも、二人で背負えば半分になる。しかし、その重荷の半分を担当した自分も、この人の苦しみに向き合わなければならない。その覚悟があるのかと、零美はいつも自分に問いかけていた。

「どうぞ」と、湯気が上るコーヒーカップを彼女の目の前に置いた。彼女はそのカップを両手で包み込み、その温もりを感じていた。心が冷たくなった人たちの多くは、このようにコーヒーカップから暖を取ろうとする、その光景を何度も目撃してきた。そして心を定めた彼女は、その重い口をようやく開いた。

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「あの……先生……こんな事を言ったら……私は先生に軽蔑されるかも知れません……」
重たい空気を切り開いた彼女の言葉で、零美の体は少しだけ軽くなった。

「ミドリさん……でしたね。私は、人の悩みを聞くのが仕事です。悩んでいる人を断罪するのが仕事ではないのです。お客様ご自身がご自分で答えを見つけられるように、少しだけお手伝いをするだけなんです。私は、どこまでもあなたの味方です。あなたの秘密を共有し、その悲しみを共感するのが仕事なんです。どんな話でも受け止めますから、安心してお話してください」

ゆっくりと優しく話しかける零美の姿に感動し、感極まった彼女はバッグからハンカチを取り出して、サングラスに隠れた涙を拭った。体をぶるぶると震えさせていたが、はあーっと息を吐いてから大きく息を吸い込んで、顔を上げて話を始めた。

「私には今、お腹に赤ちゃんがいます。その父親って言うか……。夫とは結婚したばかりなんですが、その……、結婚式の前日に実は、以前好きだった人と関係を持ってしまって……。その次の日に夫と愛し合ったので、どちらの子になるのかっていうか……。
幸いな事に、どちらも同じA型なので、生まれてから困るって事はないんですけども……。

その人は私が本当に好きだった人で、本当はその人と結婚したかったんですけど……。どうしても両親が認めてくれなくて……。
夫は親が紹介してくれた人なんです。優しくてとてもいい人です。嫌いじゃないんです。夫も私の事を愛してくれたので、この人だったら結婚してもいいかなって思って……。

でも、結婚式が近づくにつれて、どうしても彼の事が忘れられなくて……。それで最後に一度だけ、彼と愛し合いたいなと思って……。それできっぱり諦めようと思ったんです……」

そう言って、彼女は再び下を向いた。結婚式の前日に別の男性と関係を持つなんて、夫に対する裏切り行為である。しかし、彼女はそうしなければ、結婚式に臨む事が出来なかったのだろう。許せないと断罪する人もいるだろうが、これも複雑な女心なのだと、零美は心の中で彼女を擁護していた。

「それで、気がかりなのは、お腹の中の子どもがどちらの子どもかって事なんですね?」
そう聞かれて、黙って頭を縦に振った。

「ご主人と、もう一人の男性のお写真はありませんか?」と聞かれて「あります」と答えた。彼女はスマホを取り出すと、数ある画像の中から、まずは夫の画像、次にもう一人の男性の画像をそれぞれ見せた。零美はその二人の顔をしっかりと目に焼きつけた後、彼女のお腹をじーっと見つめた。

その後、今度は立ち上がって席を移動し、彼女の横に座った。そして両手を彼女のお腹に優しく添えた。両目を閉じたまま感覚を研ぎ澄ませ、手を少しずつずらしながら、場所を変えながら、彼女の体内から発せられる信号を受け取ろうとしていた。その様はまるで、エコー検査のようである。

「これは……」と言って、言葉を飲み込んだ。零美が感じたのは夫のものではない、もう一人の男性の面影だ。この子の父親は彼女の夫ではない、そう確信を持った。
零美は彼女の本心をわかっていた。彼女は夫ではなく、もう一人の彼の子どもである事を望んでいるのだ。

しかし、彼女はそれでいいかも知れないが、この子の将来はどうなってしまうのか? この子が成長して、もし自分が父親だと思って慕ってきた存在が、実は遺伝子的には自分の本当の父親ではないとわかった時、この子はどうなってしまうのだろう? この母親が将来、夫との関係がうまくいかなくなった時、「実はあなたはね……」と話してしまうかも知れない。そうなると、自らのアイデンティティーを見失ってしまうのではないか、零美はそう考えていた。

そして、しばらく思案した後、目を開けて彼女の顔を見て、にっこりと笑って言った。
「大丈夫、この子はご主人のお子さんですよ」

「あっ……。ああ、そうなんですか……。良かった……」

彼女は、複雑な心境を隠しながら、表面的にそう答えた。そして鑑定料を払って、軽く礼をして帰っていった。その後ろ姿を見送りながら、零美の心に、何とも言えない後味の悪さだけが残った。

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