第45話「自信が持てない女」

「先生、私、自分に自信が持てないんです。どうしたらいいですか?」
電話を受けた途端に発せられた彼女の問いかけは、零美の心に深く突き刺さった。

「えっと……。とりあえず、お店でお話しませんか? お名前聞いてもよろしいですか?」
「あっ、はい、すいません。私の名前は岡本奈苗です」

日曜の午後、彼女は店にやってきた。割と整った顔立ちの彼女は、街で見かけるようなどこにでもいる若い女性だった。緊張のせいか、少し目つきが鋭く感じられた。

「岡本さんですね、どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」と頭を下げ、店内へと進んだ。そろりそろりと足を運ぶ様子から、警戒がまだ解けていないようだった。ソファーに座ってもまだ落ち着かない。

「今日はお休みですか?」
「はい」

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「お仕事は何をなさっていらっしゃるの?」
「あっ、はい。保険関係の会社の内勤です」

そう言って、ホットコーヒーに砂糖とミルクを入れてかき混ぜた。そのコーヒーを一口飲んだ後、添えてあったチョコレートを食べた。「コーヒーとチョコは人の心を落ち着かせる」というのが零美の持論だ。彼女の表情が柔らかくなったのを見て、更にその思いが強くなった。

「早速ですが、こちらにお名前と生年月日を書いていただけますか? 生まれた時刻もわかったらそれもお願いします」
「時刻はたしか、朝の四時二十五分だったって聞きました」

「生まれたのはどちらですか?」
「生まれは横浜です」

書かれた内容をパソコンに入力して命式を出し、紙に出力して持ってきた。それを彼女の前に置いて話を始める。

「お悩みは、自分に自信が持てないって事でしたよね?」
「はい、そうです」

「岡本さんは、ご自分の事はお好きですか?」
「いえ……あまり好きではありません」

「どんな所が好きになれませんか?」
「引っ込み思案で内向的で人見知りでマイナス思考で、過去の失敗をくよくよしたり、まだ起きてもいない未来の事を心配したり、とにかく嫌な所ばっかりです」

「岡本さんは占いはお好きですか?」
「はい、大好きです。昔から自分で本を買って占ったりとかしています。四柱推命は難しくてよくわかんないんですけど、結構当たっているなあって思います」

零美は彼女の命式を見ながら言った。

「岡本さんは頭の良い方なんですよね。いろんな事を疑問に思って、その答えを知りたがるって言うか……。いちいち根拠を求めているんですね。原因と言うか、理由を知りたがっています。頭の中でいろいろと考えているから、とても疲れるんじゃないですか?」

そう言われて彼女は、大きく頭を縦に振って「はい」と答えた。

「そうなんです。いろんな事が気になるんですよね。誰かが何かを言うと、その人がそう言ったのは何故なのかっていうのが気になるんです。例えば、犬が苦手なのって言う人がいたとしたら、どうしてその人は犬が苦手になったのか。子どもの頃、学校帰りに近所の人が飼っている犬に噛まれたのか、それとも吠えられたのか。その犬の名前は何なのか、ジョンか、ジローか、オスか、メスか。その犬の飼い主の名前は何なのか、鈴木さんか、田中さんか。もし鈴木さんなら、鈴木さんは何歳か、六十代か、七十代か。その家は学校から何メートルの距離にあるのか……などなど、次から次へと連想していっちゃうんです」
「……」

「例えば、テレビでCMとか見るとするじゃないですか。家族構成が、父親、母親、娘、息子だったとしたらですね、それぞれの年齢が気になるんですよね。父親が四十二歳、母親が四十歳、娘が十五歳、息子が十三歳とか、勝手に決めちゃったりするんです。そうするとそれぞれのキャラクター設定が気になるんですよ。父親は電機メーカーのサラリーマンで母親はパン屋でパート、娘は受験生で息子はサッカー部とかですね。画面では楽しそうに笑っているけど、実は父親が不倫していて母親は離婚を考えているとか、もうCMからドラマに発展しちゃうんですよ。だから、テレビ見ているだけで疲れちゃうんです」
「……」

「例えば、自分のせいじゃないのに、会社で上司に怒られるとするじゃないですか。そうすると、どうして怒られないといけなかったのか、原因を探し出すんですよ。今日は自分にとって良くない巡り合わせの日なのか、上司が個人的に虫の居所が悪いのか、上司の肝機能が弱っていて怒りっぽくなっているのか、あるいは、今日怒られる事で今度は良い事が起こる前兆なのか、とか……」

彼女の話を聞きながら、話が終わらない。このままいけば何時間聞き続けないといけないのだろうか、と時計が気になった。どんどん話が逸れていってしまう。とにかく彼女は考え過ぎなのだ。
「ちょっといいですか?」と話を切り出すと、「あっ、はい。すいません。どうぞ」と言って口を手で隠した。

「岡本さんは、頭の中で考え過ぎなんですよね。人間って、考える時は自分に関する事が多いんです。それで大抵の場合、自分の事を考えると自分の嫌な面が浮かんでくるんです。そうすると、どんどんマイナス思考になっていきます。過去の失敗や嫌な経験を思い出して、その原因を自分の欠点から見つけようとするんですよね。

岡本さんは、すごく言葉に敏感な人なんです。言葉に左右されやすいと言うか……。おそらく、子どもの頃に否定的な言葉をたくさん聞いてきたんじゃないでしょうかね?
お前は引っ込み思案だとか、お前は内向的だとか、お前は人見知りだとか、お前はくよくよし過ぎだとかですね。

そう言われた言葉に、自分を当てはめようとしてきたと思うんですよ。親や他人が見た感想に、自分を当てはめないといけないと思ってしまったと言うか、無意識のうちにそういう選択をしてきたと思うんです。

だから、言葉って重要なんですよ。ある意味、怖いと言うかですね。人間は、否定されると自信がなくなっていくんです。

赤ちゃんって、生まれただけで喜ばれるじゃないですか。立っただけで喜ばれる、歩いただけで喜ばれる、しゃべっただけで喜ばれる、何をやっても親は無条件に愛してくれたわけです。
でも、成長するにつれて、要求される事が多くなっていって、その要求に応えられないと、お前はダメだという烙印を押されてしまうんです。親、兄弟、友だち、先輩、先生、上司などから否定される事が多くなるんですよ。

だけど、それでも自信を持っている人はいますよね。そういう人って、根拠のない自信なんですよ。それはもう、生まれ持っての性質と言うかですね。根拠はなくても自信を持てる人もいれば、根拠がないと自信を持てない人がいる、岡本さんの場合は後者なんです。

何に対しても根拠がないと納得できないんですね。例えば、神様はいますと言われても、簡単には信じられないんです。神様が人間を創ったと言われても、じゃあ、人間を創った神様は誰が創ったのか、神様を創った存在は誰に創られたのか、そんな風にどんどん疑問が膨らんでしまうんですね。

よくスポーツ選手が、本番で自信がなくなってしまいそうな時、あれだけ練習したんだから必ずうまくいくって、自分で自分を納得させます。験担ぎってありますよね。野球の監督で、勝ち続けている時はパンツを換えないとか、髭を剃らないとか。

岡本さんが自信を持つためには、まずは自分の長所を知る事ですね。まだ起きてもいない未来を心配すると言う事は、危機管理能力が高いと言う事なので、失敗をしにくいです。CMを見てキャラクター設定をすると言う事は、想像力が豊かであると言う事なので、人の心を読んだり、場の空気を読む能力に優れています。何かを創り出すクリエイティブな仕事が向いていますね。

誰も自分を誉めてくれないので、自分で自分を誉めるしかないと思うんですよ。誰も頑張ってるねって言ってくれないので、自分で自分に頑張ってるねって言うしかないと思うんです。そうやって、自分にとって良い言葉を使うんです。自分に栄養を与えてあげるんですね。そうすると、どんどん自信がついてくると思うんですよ。そう思いませんか?」

「はい。そう思います」

彼女の表情は、来た時よりもかなり柔らかくなっていた。心が軽くなって体も軽くなったのか、帰る時の足取りは来た時の数倍も軽やかだった。それを見ていた零美の心も、とても嬉しい気持ちに溢れていたのだった。

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