和彦は、零美の肩を優しく抱きしめた。
「早いものね。和美ちゃんが亡くなってもう三年が経ったなんて…」
「そうだね。まだどこかで生きていて会えそうな気がするけどね」
和彦は、さっき零美が泣いていたのは、和美を思い出していたからだろうと思った。
美登里にとって零美が、亡くなった母親だったように、零美にとって美登里が、和美のように感じられたのではないかと。
和彦は零美をソファーへと誘導した。
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「じゃあ、今度は君の番だ。僕の膝の上に乗ってごらん」
零美は黙って和彦の指示に従った。
「さあ、君の思いを僕にぶつけてごらん。和美ちゃんへ伝えたい思いを……」
「和美ちゃん……」
「……」
「和美ちゃん……」
「……」
「和美ちゃん……」
「……」
「会いたいよ……」
「……」
「あ、会いたいよっ、うっうっ…うう…」
零美は、胸の奥に仕舞い込んでいた思いを絞り出した。和彦は、零美の気持ちが落ち着くまで、ずっとそのままで動かなかった。
ある日の夕方、白い帽子を被ってサングラスをかけた髪の長い女性が訪ねてきた。
「あの、予約していないのですが、占いよろしいですか?」
「はい、大丈夫ですよ。どうぞそちらにお掛けになってください。お悩みはどういった内容でしょうか?」
「実は、好きな人がいるんですが、その人と私の相性を占っていただきたいのです」
「わかりました。では、あなたと相手の方のお名前、生年月日、もしわかれば生まれた時刻と生まれた場所をこちらに書いていただけますか?」
女性の名前は石黒美奈子、相手の名前は三屋拓海。
三屋の妻の実家は会社経営をしていて、彼は婿養子となっている。
「実は、この人は結婚しているんですが、奥さんとの仲は冷え切っているとかで。別れて私と結婚するって言うんですが、なかなか別れてくれないっていうか…。本当に別れてくれるのか、私と結婚してくれるのかが不安になってきたんです…」
「まずですね、こちらの三屋さんはかなり計算高い方のようです。彼は頭が良くてアイディアマンなのですが、残念ながら財運が弱いです。彼の奥さんに財運がある事から、奥さんと別れる事は考えにくいですね。」
「と言う事は、やっぱり私は騙されてるって事ですね?」
「その可能性が高いと思います」
「わかりました。先生のお陰で決心がつきました。ありがとうございます」
「新しい出会いがありますから幸せになってください」
彼女は鑑定料を払い、頭を下げて帰っていった。
「結局、相手の男にとっては、ただの体だけの関係だったってことだよね?」
和彦は夕食の支度をしながら零美に話しかけた。
店を閉めた零美が和彦のところにやってきた。
「そうね。多分そんな感じだと思う。ちょっとズルい男よね。以前に、自分だけを愛してくれなくてもいいから彼と別れたくないっていう女性が来たことあったよね。でも、さっきの人はかなりプライドが強いから、愛人関係では満足できないと思うわ。
このままズルズルと今の関係を続けていても、彼女の願いが叶う可能性は低いと思ったの」
「なるほど。可能性が低いんだったら、はっきり言ってあげた方が新しいスタートが切れるから彼女のためになるもんね」
「あの人からは、激しい憎悪の波動を感じたわ。きっと彼に、奥さんと離婚して私と結婚するかしないかはっきりしろって迫るんじゃないかしら。もし彼が本当に奥さんと別れるつもりで彼女と付き合っていたとしたら、その迫力に負けて決断するかも知れない。でもきっとそれはないわ。奥さんと離婚するって事は、将来の社長のイスを手放すって事だもん。野心家の彼には難しい選択よね」
「そうだね。さあ、ご飯出来たよ」
二人は食事を食べながらテレビを観ていた。するとニュースで、聞き覚えのある名前が聞こえてきた。
“今日夕方、東京都渋谷区の住宅街で男性が刺されて重症です。被害者は会社員の三屋拓海さん。犯人は逃走中で、警察が足取りを追っています……。”
「えっ? 三屋拓海さんってまさか…」
「今日来た女性の不倫相手と同姓同名ね」
「じゃあ、刺したのはあの人なのかな?」
「そうかも知れないわね……」
零美は動揺していた。
「私があんな事を言ったから?」
「えっ?」
「彼には結婚する気がない、あなたは騙されてるって私が言ったから…」
「いや、そりゃそう言ったかも知れないけど。だからと言ってあの人が彼を刺すなんて事は思いもしなかったわけだしね」
「そうだけど……」
「君は悪くないよ。君には全然責任はない。あの人が人を刺すなんて、誰も予見できなかったんだから」
「うん。でも、もう少し言い方を変えれば良かったのかなって思って…」
「……」
「あの人の事を思えば、彼とこのままの関係を続けても未来はないって思ったの。それよりも、彼女にふさわしい人との出会いがあるっていうか…。そう思って、早く新しい道を進んでほしかったんだけどね」
そう言った零美の目からは、一滴の涙が流れていた。
和彦は、やさしく零美の体を抱きしめた。
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