第50話「復讐したい女」

「先生、実は私、今すごく怒っているんです」

入口のドアの前に立ち、興奮した口調でそう言ったのは、上条ひとみという女性だった。彼女は飛び込みの客で、和彦と一緒に昼食を食べていた零美にとっては困った客だった。慌てて出てきたので、せっかく和彦が作ってくれたラーメンが伸びるからだ。

「そうですか。まあ、ここじゃなんですから、奥にどうぞ。今、コーヒーをお持ちします」

そう言って彼女をソファーに案内し、カウンターでコーヒーを作り出した。彼女に見えないようにスマホで「私のラーメン食べて」と和彦にメッセージを送った。お気に入りの豆を挽いた自慢のコーヒーと、皿にはチョコレートを二つ用意した。興奮した相手にはチョコが一番、と言うのが零美の持論なのだ。

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「どうぞ」とコーヒーを差し出すと、「ありがとうございます」と言い、少し興奮が和らいで見えた。コーヒーの香りも精神安定作用があるのだろうか。

「えーっと、上条さん……でしたね。今日はどんなご相談で来られたんですか?」
「先生、聞いてくださいよ。私、友だちに彼氏とられちゃったんです。ひどいと思いませんか? 親友だと思ってたのに……」

そう言って、両手で顔を覆って下を向き、「うううっ」と泣き出した。怒ったり泣いたり、感情の起伏が激しい女性である。零美が、持っていたハンカチをそっと差し出すと、「ありがとうございます」と言って受け取った。

大抵の場合、この手の客は話が長くなる。占い師は、客の話を聞くのが仕事ではあるが、こういう客は、ただ自分の話を聞いてほしいだけなのだ。友だちに裏切られ、彼氏にフラれて可哀想ね、と思ってほしいのだ。

零美は特に命式を見なくても、少し言動を見ただけで、相手がどんな星を持った人なのかは大体わかる。彼女の場合は、まず電話で予約を取らないという事からして自己中心的だ。まずは相手のスケジュールを確認してから来るべきではないのか?

別にこれは、昼食を食べ損ねた恨みからではない。愛する夫が心を込めて作ってくれた美味しいラーメンを食べてあげれなかったと言う、夫に対する申し訳なさがあるのだ。

そして、怒ったり泣いたりと、感情をコントロール出来ないのは、あまりに感受性が強すぎるからであり、さらにはその感情を抑える星が欠如しているからだ。感情を抑える星は理性的な判断をする場所であり、もしその星があるならば、友人や彼氏を恨むよりも、自分の魅力のなさを反省するに違いないのである。

明らかに彼女は、自分がフラれたのは、友人が彼氏を誘惑したからだと決めつけている。もしかしたら彼氏は、彼女のこういう性格に嫌気が差したのかも知れないのに……。

「先生、本っ当にひどいんですよ。親友だと思っていたのに……」

彼女の話は延々と続いている。それも一方的な恨み言だ。あとどれくらいこの話を聞かなければならないのか。ここまで共感できない相談者も珍しい。これでは彼氏にフラれても仕方がない。

「先生、私、復讐を考えているんです」
「えっ!? 復讐……ですか!?」

復讐って……。なにをする気なんだろう。

「こんなか弱い私をイジメたあいつが許せない! 絶対に思い知らせてやります」
「思い知らせるって、何をする気なんですか?」

か弱いって言う表現はちょっとどうかと思うが、話がとんでもない方向に進みだした。彼女の目は、冗談を言っているようではなかった。

「先生、丑の刻参りってあるじゃないですか? あれって効果はどうなんですか?」
「丑の刻参りって、神社の御神木に藁人形を釘で打ち込む呪いの事?」

思わず頭の中でイメージが浮かんだ。目の前の彼女は、色白で髪の長い美女である。年齢はおそらく二十代後半だろう。カツーン、カツーンと言う音まで聞こえてくるようだ。

誰もが寝静まった夜中に、この美女が白装束を着て、炎を灯したロウソクを頭に巻き、憎い相手に見立てた藁人形に五寸釘を打ち込むと言うのか……。何とも空恐ろしい様相ではないか。

「申し訳ないけど、私にはわからないわ。効果があるのかも知れないし、かと言って確実にそうなるとも言えないし……。本当にわからないの、ごめんなさい」

零美は正直に思っている事を伝えた。実際、本当の所は良くわからない。人間の怨念のパワーが、相手の体に異変を与える事だってあり得るのかも知れない。しかし、実際にそうなるとは、確信を持って零美は言えないのだった。

「とにかく、復讐なんて物騒な事はやめましょうよ」
「先生、私はとにかく、彼女が許せないんです」

「じゃあ、本当に丑の刻参りをするつもりなんですか?」
「……さあ、それはわかりません。効果があるならやりたいと思いますけどね。でも、もっと確実な方法があるなら、そっちを選ぶ事になるでしょう」

「えっ!? それは例えばどんな方法ですか?」
「……」

それ以上、彼女は何も話さなくなった。あんなに饒舌だったのに。言いたい事を全て言い尽くして、もう満足したと言う事なのだろうか?

料金を支払って、彼女はそのまま帰っていった。果たして彼女が、言葉通りに復讐をするのかどうかはわからない。丑の刻参りが復讐と言えるのか、本当に零美にはわからなかったのだ。

この日から一週間が過ぎた頃、夕方のニュースを見ていた零美は驚いた。会社の同僚に睡眠薬が混入されたお茶を飲ませ、交通事故を起こさせて殺害しようとした女性が逮捕されたのだ。

何とその容疑者の女性こそ、一週間前に出会った上条ひとみだったのである。復讐をすると言っていた彼女は、実際に行動を起こしたのだ。結局彼女は、丑の刻参りではなく、確実な方法を選んだのだった。

もし、丑の刻参りは効果絶大ですよと言っていたなら、彼女はそっちを選んだのだろうか?そうだったとしたら、彼女が仕組んだ事とは知られずに復讐を果たせたのかも知れない。そう思うと、零美は少し複雑な感情を抱かずにはいられなかった。

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