赤いハイヒールを履いたその女の子を見た時、零美は何故か懐かしさを感じた。この子は表情のバリエーションが少ない。せっかく顔のパーツは良いものが揃っているのに、それらを魅力的に活かせていないと言うか、第一印象で損をしてしまうと感じられた。
「こんにちは、電話で予約しています緑山百合と申します」
「はい、こんにちは。お待ちしていましたよ。さあ、どうぞ中へ入ってください」
ソファーへと案内し「コーヒーはいかが?」と聞くと「いただきます」と答えた。
「砂糖とミルクは?」の質問には笑って頷いたので、甘党の彼女にチョコレートをいつもより一つ多めに付け加えた。笑ってくれたのが嬉しかった。
「緑山さんのお悩みは何ですか?」
「実は、私には好きな人がいるんですが、彼との相性はどうなのかなと思いまして……」
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「では、こちらにあなたと彼のお名前と生年月日を書いてもらってよろしいですか?」
そう言うと、彼女は几帳面な文字で、自分の名前と石川慎吾の名前を書いた。それをパソコンに入力し、命式をプリントアウトした二枚の紙を彼女の前に置いた。
「えーっと、お二人はとても似ています」
「そうですね。私もそう思います。私たち、幼馴染みの同級生なんです。二人とも漫画が好きだし、小説だったら推理小説が好きだし、感覚が似ているんだと思います」
「緑山さんは直感が鋭いのね。人の考えている事がわかったりするんじゃない!?」
「はい。敏感過ぎて困っています。喜怒哀楽が人一倍激しいので、普段はそれを抑えようとして表情を見せないようにしているんです」
「彼は頭の回転が早い。頭の中でいろんな事をくるくる考えている。考えて考えて考えて
、石橋を叩いて叩いて叩いて、それでもやっぱり渡らない。言葉に対するこだわりがすごいから、出来るだけ相手を傷つけないように、自然と無口になっちゃうわね」
「そうなんです。なかなか思っている事を口にしてくれませんね」
「……あなたは、彼があなたを好きだって事、わかっているのね?」
「はい」
「あなたを見てると、昔の自分を思い出すわ」
「えっ!? そうなんですか?」
「あなたたちって、私たち夫婦の関係と似ているんだもん」
「えー! それは嬉しいです。先生の旦那さんって、きっと素敵な方なんでしょうね」
「会いたい?」
「はい」
零美は立ち上がり、奥にいた和彦を連れてきて、「この人が私の旦那さんの和彦さん」と紹介した。「どうも。夫です」と和彦が頭を下げる。
「素敵な旦那さんです。美男美女ですね」と言われ「いやいやいや」と和彦が照れ笑いを浮かべた。「ごめん、ちょっと急ぎの用があるんで」と言い、和彦は奥に引っ込んだ。
「あなたと彼も、お互いに共感し合える素敵なカップルだわ」
「ありがとうございます。でも、彼はなかなか告白してくれないんです」
下を向いた百合は、「あっ!」と思い出したようにおもわず声を出した。そして、大きな赤いバッグの中から便箋を取り出した。「これ、見てもらっていいですか?」と渡された便箋を見て、零美は一目でそれとわかった。
「これ、ラブレターじゃない!?」
「はい」
「私が見てもいいの?」
「先生に見てほしいんです」
緑山百合さんへ
突然のお便りをお許しください。
あなたに初めて会ったとき、遠い昔に会ったことがあるかのように、とても懐かしい気持ちになりました。
僕は横浜生まれの横浜育ちで、コンクリートに囲まれた中で生きてきましたが、あなたを見ていると、綺麗な夕日が穏やかな波に映えて僕の汚れた心を洗い流す母なる海が見えるかのようです。
あなたの美しい瞳が、僕の頭に焼き付いて離れません。
お願いですから、僕と付き合ってくれませんか?
お返事は急ぎませんから、ご負担に思わないでください。
ご返信、鶴首しています。
あなたの恋の奴隷になった、高瀬進より。
「これは彼からじゃないわね。高瀬くんって、別の男の子じゃない!?」
「はい。高瀬くんは彼の友だちで、私の友だちと四人で何回か会った事があります」
「高瀬くんがあなたを好きだって事は……、あなたたち、三角関係って事?」
「いえ、違います」
「えっ!? それはどういう事?」
「これは彼が書いた手紙なんです。ちょっと字を変えているようですが、よく見るとわかります。彼は高校時代に、よく友だちのラブレターを代筆していたんです。自分のは書かないくせに、人のラブレターは書くんですよね」
「ん? 高瀬くんはあなたが好きというわけじゃないのに、高瀬くんの代わりに彼がラブレターを書いたの?」
「はい、そうです。彼はそういう人なんです。彼はなかなか、私に直接告白する勇気がないんです。フラれるのが怖いからなんですけど……。それで、いろいろと計画を立てるんですけど、この手紙は彼の計画の一部なんです。
彼の計画はこんな感じです。まず、私にイケメンの高瀬くんを紹介する。何度か会った後、高瀬くんに頼んで、自分が書いたラブレターを渡してもらう。そして私が高瀬くんと付き合うようになる。
何度かデートをして、私が高瀬くんの事をいいなと思うようになった頃を見計らって、高瀬くんからフッてもらう。高瀬くんにフラれて落ち込んでいる私を彼が慰めて、そこから二人の関係が深まっていく、というのが彼の考えたストーリーなんです」
まるで彼の計画書を見てきたかのように、彼女はすらすらと話を進めた。
「なんか……、すっごくまどろっこしいわね」
「はい。彼はそういう人なんです」
「じゃあ、あなたは彼の計画を全てわかったうえで、知らないふりして乗っかってあげるつもりなのね?」
「はい」
零美の顔をしっかりと見つめて、はっきりとはいと言った彼女。なんとも男らしいと言うか、女としての強さを感じた。
「あなたにここまで理解してもらって、彼は本当にラッキーな男だわ」
「でも、もしこの計画が進んでいった時に、彼は本当に告白してくれるでしょうか?」
「うーーーん……。なんとも難しい問題ね。彼は優しいくせに、人の弱みにつけ込むなんていう計画、よく実行しようと思ったわね」
「先生、私たちの未来はどうですか?」
「そうね、いよいよの時は、あなたが強引にでも仕掛けないといけないかもね。彼を待っていても、何年先になるかわからないもんね」
「強引にって……例えばどんな?」
「それはあなたの直感を信じて! その時に感じたまま、行動するのがベストだと思うの。あなたなら大丈夫、きっとうまくいくわ」
「ありがとうございます。先生の言葉を信じます」
彼女の表情が変わった。見るからに、来た時の表情とは変わっている。零美には、嬉しそうに帰っていく彼女の後姿が、きらきらと幸せ色に包まれているのが視えた。
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