第54話「息子に店を継がせたい父」

「こんにちは!」と張りのある声が店内に響いた。「はーい!」という零美の声も、それに釣られて大きくなった。
入り口には、縦も横も大きくて、丸い顔に角刈りが良く似合う男性が立っていた。

「ちょっと相談に乗ってもらいたいんだけど、いいですかい?」
「あっ、はい、どうぞ」

田中達治と名乗る男の江戸っ子らしい威勢の良さに押されて、ちょっと出掛けるつもりだった零美は了承した。

「先生、私はね、息子の悟郎に店を継がせたいんですよ」

大きな湯飲みに入った緑茶を持ってきた零美に、いきなり本題を切り出した。普段はコーヒー派の零美だが、客の雰囲気に合わせて出す飲み物を変える。この男の場合は緑茶だった。

悩みは何ですかと聞く前に話し出すところから、自分の我を通す強気な面が垣間見えた。大きなお腹でニコニコと人当たりの良さそうな外見だが、人の言う事は馬の耳に念仏といったところだろう。

こういう人は、相談に乗ってくれと言いながら、アドバイスをしたところで実行するようなタイプではない。とりあえず話を聞いて、喜ばせて帰ってもらうのがいいと、零美は心の中で思っていた。

「お店と言いますと、何のお店をやっていらっしゃるんですか?」
「当ててみてくだせえ」

「んー……、お寿司屋さん!?」
「ご名答! さすが先生、一発で当てなさったね」

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「……ところで、息子さんに継がせたいっておっしゃってましたが、息子さんはあまり乗り気ではない、と言う事ですか?」
「それがね、先生。どうもうちの息子は、長い長い反抗期が続いているようでしてねえ……」

小首を傾げて溜息をつきながらそう言った。万事を自分の思い通りにやってきたであろうこの人にも、どうにもならないものがあった、それが息子だったのだ。

「それでは、息子さんの生年月日を教えてもらえませんか?」
「合点承知の助!」

そう言って、差し出した紙に、息子の名前である悟郎と、彼の生年月日を書きだした。零美は命式を出してプリントアウトし、テーブルに置いた。

「息子さんは、あまり自己主張しませんが、内心は頑固ですね」
「そうなんですよ。無口であまりしゃべらねえもんで、何を考えてんだかさっぱりなんですよね」

「小さい頃は、お父さんの言う事は素直に聞いていたんじゃないでしょうか?」

息子の小さい頃の話を振られ、懐かしそうに話し始めた。

「そうなんですよねえ……。私は実は親父の影響で、大の巨人ファンでしてね。漫画で、巨人の星ってあるでしょ。息子を野球選手にするのが夢だったんですよねえ……。小さい頃はよく、息子とキャッチボールをしたもんですよ。

巨人の星の主人公の星飛雄馬は、元々は右利きだったんですよ。それを親父の一徹が、投手は左利きが有利だって事で左利きに変えたんですよね。だから、最終回で左手を壊したはずなのに、続編では元々右利きだったって復活してるんですよね。

それで、息子も元々右利きなんですが、サウスポーにしようと左利きに変えさせたんですよ。キャッチボールする時も左手で投げさせて、ご飯を食べる時も左手で箸を持たせました。嫌だ嫌だってよく泣きましたがね、それでも結構使えるようになっていったんですよ。

ところがその頃、野球よりもサッカーの方が人気が出てきたんですよね。それで息子も、友だちとサッカーをやるようになって。中学と高校はサッカー部でした。サッカーって、利き腕は関係ないでしょ!? どちらかと言うと利き足ですよね、サッカーの場合……。

高校三年の最後の大会で、ゴール近くで息子の左手にボールが当たってハンドになっちゃって。それでPKを入れられて負けちゃったんですよね。元々左利きに対して嫌な思いがあったのに、そのハンドがあって余計に嫌いになっちゃって……。

今はうちの店で職人として働いているんですがね。私も他の従業員もみんな右利きなんですけど、あいつだけ左利きなんですよ。それで、あいつのために左利き用の包丁を揃えないといけないわけなんですね。

それを何かの拍子にポロッと言っちゃったもんだから、あいつが親父のせいだろって怒り出しましてね。あいつはずーっと左利きに変えられた事を恨んでいたんですよ。悪い事をしたなあと思いましてね……」

そう話した後、がっくりと肩を落として黙り込んだ。そしてしばらく考え込んだ後、悟ったようにこう言った。

「いや、先生。すいませんね、こんな親父の愚痴を聞いてもらっちゃって……。今度ゆっくりと話し合って、今までの事を全部謝って、あいつに勘弁してもらおうと思います。どうも今日はありがとうございました」

そして彼は、料金をテーブルの上に置いてさっさと帰っていった。独りでしゃべって独りで納得したようである。結局、最初の印象通り、人のアドバイスなどは聞かずに帰ってしまった。まるで罪を犯した者が、教会の神父の前で懺悔するかのようであった。

それからしばらく日にちが経った頃、夕方のニュースを見た零美は仰天した。それは、田中達治が刺されて亡くなったと言うニュースだった。その後の警察の捜査の結果、刺したのは息子の悟郎と判明した。

零美は目を閉じ、彼の笑顔を思い出しながら、静かに両手を合わせた。

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