第55話「選ばれない女」

その女性は見るからに暗い表情をしていた。顔立ちはどちらかと言うと、美形のそれに違いないのだけれど、心の内面が晴れないからか、せっかくの美しさにケチがついているようだった。

「飯島美由紀さんですね?」

ドアの前に立つ彼女に零美が声をかけると、下を向いたまま頭を下げた。存在感のない彼女の背中に手を当てて、ソファーへと導く。

「ホットココアなどいかがですか?」

零美がホットココアを勧める事など珍しいのだが、彼女にはホットココアが似合うと感じたのだ。カウンターに入ってホットココアを用意し、座ってからも下を向いたままの彼女の目の前に置いた。

「今日はどうしました?」と聞かれた彼女は、おもむろに顔を上げ、泣き出しそうな顔でこう言った。

「私、選ばれない女なんです」

選ばれない女? 聞きなれない言葉だ。

「選ばれないって、どう言う事ですか?」
「私の人生が、選ばれない事の連続だったんです」

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そう言って彼女は、ホットココアをゴクリと飲んだ。熱かったのか「あっ」と声に出して口を抑えた。「大丈夫ですか?」と聞く零美に、両手で「大丈夫」と合図を送った。

「……とりあえず、生年月日をお聞きしてよろしいですか?」

紙とペンを渡されたので、そこに自分の生年月日を書くと、黙って零美に紙を渡した。零美も黙って頷き、それをパソコンに入力して命式を出し、紙に印刷したものをテーブルに置いた。

「あなたは、頭が良くて理論的な考え方をする人です。一方で、感情的で直感的に動く部分も強い。理想と現実のギャップに常に苦しんでいるって感じです」
「そうですね。理想が高いのに、現実はそうなっていない事が辛いです」

「例えばどんな事があったんですか?」

そう聞かれた彼女は、左上に目線を移した後、目を閉じて考えてから語り始めた。

「例えばですね……。私が幼稚園児だった頃、好きな男の子がいたんです。名前は翔くんって言うんですけどね。可愛らしい男の子で、女子はみんな翔くんのファンでした。

ある日、英語劇をやる事になって、主役はもちろん人気ナンバーワンの翔くんでした。問題は、彼の相手役を誰がするかって事だったんですが、選ばれたのは紗理奈って言う女の子でした。

彼女は確かに、誰もが認める美少女なので仕方ないのですが、その翔くんと紗理奈が二十年後に結婚したんです。もし私があの時に相手役に選ばれていたら、私が翔くんと結婚したかも知れないじゃないですか」

それは果たしてどうかな、と零美は思ったが、彼女の話は続いた。

「それから、小学校の頃の話なんですが、私は友だちの愛菜と中学受験をしたんです。一緒に合格しようねって二人で約束していたんですが、結局私は落ちて、愛菜だけが合格しました。

彼女はその後、有名私立大学に進んで、今は民放の局アナとしてアイドル並みの人気です。もし私の方があの時合格していたら、女子アナになったのは私だったと思うんです」

それも違う気がするけれど、と零美は思ったが、彼女の話は続いた。

「中学ではバレーボールをしていました。セッターだったんですけど、同じポジションで久実って言う子がいて、彼女はバレーセンスの塊みたいな天才だったので、私がどんなに練習してもレギュラーにはなれませんでした。

結局彼女は、春高バレーの優勝常連校に進学して、在学中に全日本メンバーにも選ばれ、オリンピック代表にもなりました。もし私が正セッターだったら、私の方がオリンピックに行ったはずですよね!?」

その問いかけに、零美は何も答える事は出来なかった。

「それから高校時代なんですけど、友だちの咲良と渋谷を歩いていたんですよ。そうしたら、モデル事務所の人に声を掛けられたんです。私かなと思ったんですが、スカウトされたのは咲良の方でした。

モデルデビューした彼女は、すぐに人気者になって、今は自分がプロデュースした洋服を販売する会社の社長で、年商は三億円だそうです。もし私がモデルになっていたら、私が年商三億円の社長になっていたはずなんです!」

感情を高ぶらせた彼女の語気は強くなり、自分の理論が破綻している事に気づいていない。

「その後の私は、大学受験にも失敗、就職してもすぐに会社が倒産、アルバイト先で出会った彼氏と付き合っても、妊娠がわかった途端にどこかに行ってしまいました。

仕方なく実家に戻ったのですが、世間体が気になる両親からは冷たくされて、実家にも居場所がありません。選ばれない人生のお陰で、私は心身共に病んでしまって、生きる気力がないんです……」

最後に吐き出すように言った言葉は、力なく空中を彷徨っていた。彼女はまるで、選ばれない教でも信じているかのように、自分は選ばれない女なんだと自己暗示しているように思えた。

彼女のその信仰を変えるのは容易ではないと思われた。何か一つの選ばれた体験さえあれば、もしかしたらこれからの彼女に希望を与えるかも知れない。

「大丈夫です。人生は、良い事と悪い事が半分ずつあるようになっているんです。今まで悪い事ばかりだったなら、これからは良い事が続くに違いありません。

私には、あなたの素晴らしい未来が視えています」

そう言うと、彼女の表情はパアーッと明るくなった。零美の言葉が、彼女の沈んだ心に光明を与えたのだろう。その余韻のまま、鑑定料を支払った彼女は喜んで帰っていった。

その数日後の事である。彼女に驚くべき事件が起こった。誰でもいいから殺して死刑になりたかったという三十六歳の無職の男に、突然背中を刺されたのだ。

その事件をニュースで知った零美は、彼女が運ばれた病院へ向かった。幸いにも彼女は、命に別状はなかった。病室で零美の顔を見た彼女はこう言った。

「先生、私、やっと選ばれました。今までずっと選ばれない人生でしたが、通り魔事件の犯人は、数ある通行人の中から私を選んだんです。

幸いにも、お腹の赤ちゃんは無事でした。そして、ニュースを見たと言って、行方不明だった彼が帰ってきてくれたんです。
先生が言った通り、私の人生に明るい未来が見えてきました。ありがとうございました」

彼女の目から流れた一筋の涙は、頬に伝ってキラリと輝いた。零美は黙って頷き、彼女の手を取って自分の頬に当てた。

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