「先生、俺の不思議な体験、聞いてもらっていいですか?」
そう言って、武井一朗は話を始めた。
「一日一善って言葉があるじゃないですか?」
「ええ、知ってますよ。一日に一つは良い行いをしましょう、ですよね」
「はい。そうです。その一日一善を、小学校からずっとやり続けている奴が友だちでいるんですよ」
「へー、すごいですね。じゃあもう、十年以上はやっていらっしゃるんですか?」
「そうなんです。ウソみたいな話なんですけど……」
彼は右手を顎に当てて、左上を見上げながら言った。
「なんでも、おばあちゃんが信心深い人で、神様はちゃんと見ているから、後で必ず良い事があるよって言われたそうで、それを今でも続けている奴なんですよね」
「すごいわね。それで今日は、あなたとその人の四柱推命をしてほしいって事ですね」
彼は頷き、紙に自分と片岡勇太の名前と生年月日を書いて渡した。それを受け取った零美は、パソコンで二人の命式を出し、プリントアウトしてテーブルに並べた。
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「片岡さんは宗教性の強い人ですね。おばあちゃんのお話を聞いても、代々そういう家系なのだと思われます。打算や計算ではなく、純粋に人の喜ぶ顔を見るのがこの人にとっての喜びなのです」
「確かに、あいつはそういう奴ですよ。頼まれた事は嫌な顔もしないでやっています。あいつが営業成績がトップなのは、そういう事が自然に出来るからなんでしょうね。
やっぱり、一日一善を今まで続けてきたから、人のために動くってのが身に沁みついているんですかね」
そう言いながら、納得したように何度も頭を上下させた。
「武井さんは、感受性が強くて感覚肌ですね。自分を主張するタイプではありませんし、純粋で人をあまり疑わない素直な人です」
「そうですね。直感で決める事が多いです。人を信じやすいっていうのはでも、騙されやすいっていう事でもありますよね!?」と言って、頭をかきながら笑う。
「武井さんの場合、どんな人が側にいるかが重要なんですよね。騙して利用しようとする人が側にいれば損害を被りますし、助けてくれる人が側にいれば発展する人です」
「だったら、片岡は俺を助けてくれる奴ですね」
「はい」と頷く零美に、彼は自分の体験談を話し始めた。
「その片岡が営業成績がトップなのは、一日一善をずっとやり続けているからだと思ったんですよ。それで、この前あいつと一緒に飲みに行った時に、あいつがテーブルの下に落ちていた枝豆を拾ったのを見て、俺も一日一善の真似をしようと思って、床に落ちていたパセリを拾ったり、コンビニでお釣りを寄付したんです。
その後、家に帰ろうとタクシーに乗っていたら、交差点で信号無視の車が横から突っ込んで来たんですよ。その時はちょうど眠くて、後部座席で横になっていたもんで、大したケガもしなかったんです。
あれはやっぱり、パセリとコンビニで寄付したお陰かなと思っているんですけど、どうですかね?」
頭を低くして上目遣いに尋ねてきた彼に、「たぶんそうです」と答え、続けて言った。
「もっとすごいのは、片岡さんはそのタクシーにも乗らなかったお陰で、事故にも遭っていなかったって事ですよね」
「確かに。確かにあの時、あいつが俺にタクシーを譲ったんです。俺の家の方が遠いからという事で」
「もしその時、片岡さんが一緒に居なくて、あなたが一日一善をしていなかったら、今頃はまだ入院しているほどの大ケガだったかも知れません。やっぱり、どんな人が側にいるかが大切なんですよ、あなたの場合……」
しみじみと言われた彼は、「わかりました、あいつとはずっと友だちでいます」と言って帰っていった。善行の威力を聞かされて、自分も見習おうかなと思う零美だった。
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