第66話「独立開業したい男」

「こんばんは。予約した吉橋です」
人懐っこい笑顔で現れた吉橋修吾は、人生の岐路に立たされていた。

彼の年齢は二十八歳。大手自動車メーカーの子会社工場で働いている。高卒で就職し、収入は安定している。給与天引きで積み立てている財形貯蓄もかなり貯まった。

一見すると何不自由のない生活で、どんな悩みがあるのだろうと思われるのだが、本人には深刻な悩みがあると言う。その悩み解決のため、零美にアドバイスを乞いに来たのだ。

「お待ちしていました。どうぞこちらへ」と誘導されて席に着いた彼は、名前と生年月日を紙に書いて渡した。彼の命式を出した零美は、コーヒーが大好きだという彼のために、お気に入りの豆を挽いて「どうぞ」と差し出した。

「ありがとうございます」と言って香りを嗅ぎ、「良い香りですね」と笑った。品のある笑顔に人柄が感じ取れた。

「吉橋さんのお悩みは何ですか?」
「実は僕、十年勤めた会社を辞めようかどうしようか悩んでいるんです」

先ほどの笑顔から一転、眉毛を八の字にして顔を歪めた。

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「辞めたい理由はあるんですか?」
「高校の先輩が整体のお店をやっているんですけど、結構うまくいってるみたいで。その人は職場も同じだったので仲良くさせてもらっていたんですが。で、その人から、人に使われていちゃだめだ、お前も独立したらどうだって言われて……。

僕は昔から占いが好きで、よく占ってもらうんですが、会社勤めは向いていない、一人でやるのが合っているって言われるんです。確かに、会社のやり方に不満があってもそれに従わないといけないし、段々息苦しさを感じていて……。

でも親からは、今の会社を辞めるのはもったいないって反対されていて、何とか我慢してやってはいるんですが、年齢が三十に近づいてきて、新しく出発する時なんじゃないかなって思うようになって。

先生の噂を聞いていたので、ぜひご意見をお聞きしたいと思って来たんです」

「吉橋さんは結婚しているんですか?」
「いえ、独身です」

「彼女はいるんですか?」
「はい、一応……」

恥ずかしそうに下を向く。素直で、すぐに顔に出るタイプである。隠し事が出来ない正直な人間だとわかる。

「彼女には話をしたんですか?」
「はい。やってみたら、とは言ってくれています」

「理解があるんですね」
「彼女は看護師をしていて、いざとなったら私が養ってあげる、と言っています」

「なかなか理解のある方ですね。もし良かったら、彼女の生年月日を教えてもらえませんか?」

「はい」と言って彼が書いた情報から彼女の命式を作成、彼の命式と並べた。二人の命式が書かれてあるこの二枚の紙を見ていると、二人の関係性がイメージとして、零美の頭に飛び込んできた。

「彼女はかなりの強運で、財運のある方です。吉橋さんは直感型でひらめきで動くタイプなので、一人での独立は正直不安が大きいのですが、彼女が側にいてくれるとかなり成功の確率が高まります」
「本当ですか? ありがとうございます」

「ちなみに、どんな仕事を考えているんですか?」
「先輩の勧めで整体の学校で学んで、認定証をもらいました。今は日曜とかに、少しずつ先輩の仕事を手伝わせてもらいながら修行しているところです。

実は僕は四柱推命にも興味があって、以前に鑑定してもらって以来、懇意にしてもらっている先生から教えてもらっているんです。

もともと敏感な体質なのですが、四柱推命をやるようになってから、整体に来られる方の痛い場所に勝手に手が動くんですよ」

そう言って、右手で円を描く動作をした。

「背中に触っていると、その人の痛いところと同じところが自分の体で痛くなってきたりして……。あと、心の悩みを持っている人の感情がビビビっと伝わってくるんですね。そうすると胸が苦しくなるっていうか……」

胸に手を当てて目を瞑る。身振り手振りの表現が多い。いちいち芝居がかっていて、表現者の要素が十分ある。

「昔から、普通の人とは違う感覚があって生きづらい、という思いがあったんですけど、それを必要としてくれる人がいるんじゃないかって思うようになって……。

自分にしか出来ない事をやりたいっていうか、整体と占いで体と心の両面を癒せるセラピストになりたいなあと思うんです。どうでしょうか、なれますか?」

占いを愛してくれる人は全面的に応援したい、というのが零美のスタンスである。そして彼が自覚している通り、かなりの霊媒体質だけに、その能力を活かさないのはもったいない。

「確かに、整体にしても占いにしても、人は誰でも自分に合っている人を探していると思うんです。相性と言いますかね。磁石のように引きつけられてくる……。

あなたには人を癒す力がある。でも、霊媒体質だけに、気をつけないと自分の体を痛めてしまう恐れがあります。

私の夫の母、義理の母は、加賀美志保という強力な霊能者で、私も時々ダメージを負った時にお世話になっています。そういう仕事を始めるなら、あなたも是非、母の所に行ってみたら良いと思います」
「そうですか。是非教えてください。加賀美志保先生の事は噂に聞いています。一度お会いしてみたいと思っていたんです」

両手をテーブルについて身を乗り出した。零美は一瞬驚いたが、表情には出さない。

「あとね、彼女を大切にしなきゃだめですよ。彼女がいるからあなたは守られているんです。絶対に別れてはだめ。特にその仕事をしたいのなら尚更です」
「それは自分でもそう思っています。彼女のお陰で決心がついたと言うか、出来そうな気がするんです。勇気が湧いてくるんです。頑張ろうと思います」

「今度は彼女も連れてきます」と言って、彼は満足して帰っていった。自分と同じく、かなりの霊媒体質である彼の事が気にかかる。

今度一緒に、和彦の実家に行かなければと考えていた。と言うよりも、自分が義母に会いたいのかも知れないな、と思うと、それがなんだかおかしかった。

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