第68話「和美と名乗る女の子」

平日の昼下がり、用事で外に出ていた零美は、帰り道に思い出の公園に寄っていた。日曜日には家族連れが多く、平日の今日も、幼子を連れた母親たちが訪れていた。

和美が生きていた頃は、家族三人で訪れた馴染みの公園だった。和美を失ってからは足が遠のいていたが、久しぶりに寄ってみようという気になった。

懐かしい公園の、懐かしいベンチに腰を下ろした。両手で肌触りを確かめると「おかえり」と言ってくれたような気がした。

ブランコに乗る娘の横で見守る母親は、落ちて怪我でもしないかが心配なようだ。和美もブランコが好きだった。一度、頭から前のめりに落ちて、口から血が出たのに驚き、慌てて病院に行った事もあった。

また、ゾウの形をした滑り台で遊ぶ子どもがいた。何度も何度も登っては滑りを繰り返している。その様子を、母親が携帯で撮影している。

零美の携帯にも、和美と遊んだ日々が残っている。機種変更をしても、今も大切に保管している。今はもう、そこでしか和美を見る事はできないのだから……。

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「お母さん」

突然、後ろから声がした。小さな女の子の声だ。遊びに来た女の子が、母親を呼んでいるのだろう。

「お母さん」

再び、さっきと同じ声だ。右にも左にも、自分の横には母親らしき人物はいない。

「お母さんってば!」

さっきより大きな声になった。びくっとして、慌てて後ろを振り返った。

「やっと見てくれた」

そこには、三歳くらいの女の子が立っていた。ツインテールが似合う、大きな目をした可愛い女の子だった。

「お母さん、これ見て」

そう言って、両手に乗せたどんぐりの実を見せてくれた。

「どうしたの?」
「あっちで拾った」

「お母さんはどこ?」
「ここ」

女の子は零美を指差した。自分の母親と間違えているのだろうか。もしかしたら顔や髪形、服などが、この子の母親に似ているのかも知れない。しかし、周りを見渡してみても、それらしき人物は見当たらない。

「お母さんがいなくなっちゃったの?」
「お母さん、ここにいるよ」

やっぱり、零美を指差している。おそらく母親は、トイレかどこかに行ったのだろう。少しの時間、付き合ってあげるのも悪くない。

「お嬢ちゃんのお名前は?」
「かずみ」

亡くなった娘と同じ名前だ。偶然だろうが、何だか嬉しくなった。

「お母さんのお名前は?」
「れみ」

「えっ?」と声が出た。娘の名前が「かずみ」で、母親の名前が「れみ」。何とも珍しい事もあるものだ。

「じゃあ、お父さんのお名前は?」
「かずひこ」

「うそ……」と思わず呟いた。「かずみ」「れみ」「かずひこ」、漢字は違うかも知れないが、我が家の家族と同じではないか。こんな偶然があるのか? そう考えていると、女の子が話し始めた。

「お母さんに会いに来た」
「……」

「私、死んだ」
「……」

「お母さん、悲しんでる」
「……」

「お母さん、辛そう」
「……」

「お母さんに、また会いたかった」
「……」

「お母さん、覚えてる?」
「……」

「ここでかずみと遊んだ事、覚えてる?」
「……」

「かずみがお母さんにどんぐり見せたの、覚えてる?」
「……えっ?」

「そう言えば」と思い当たる事があった。和美がこの女の子ぐらいの頃、この公園でどんぐりの実を見せてくれた事があった。その時も「あっちで拾った」と言っていたような気がする。

「かずみの事、忘れたの?」
「……嘘でしょ? ……和美ちゃん? ……本当に和美ちゃんなの?」

女の子は「うん」と言って、大きく頷いた。

「信じられない……。どうして?」

零美の声が上ずっている。この子はもしかしたら、本当に和美なのか? 生まれ変わりという事? それとも、和美の霊がこの子の体を使って話をしている? 頭の中でぐるぐると、思考が繰り返されている。

「お母さんに会いたかった……。お母さんと話がしたかった……」

女の子の大きな目から、大きな大きな涙が零れた。ぽたぽたと、ぽたぽたと、砂の地面を濡らしている。

「会いたかった……。会いたかったよ、お母さん……」

ベンチに座る零美に抱きつく女の子。声を殺して「うっうっ」と泣いている。

「和美ちゃん……」

戸惑いながらも、和美だと名乗る女の子を抱きしめた。懐かしい思い出が蘇る。零美も一緒に泣いた。大声で泣きたかったが、女の子と同じように「うっうっ」と声を殺して泣いた。周囲の親子に悟られないように、ひっそりと泣いた。

その時間がどれくらい経ったのだろうか、女の子が泣き止んでこう言った。

「お母さん、ごめんなさい。もう私は行かなきゃ。この子のお母さんが来るから」
「えっ? もう行くの?」

「うん。この子のお母さんに、この子を返してあげなきゃ」
「……」

「この子は特別な力がある子だね。いつかお母さんに会いたくなったら、またこの子の体を借りるかも知れない」
「そんな事出来るの?」

「わかんないけど……。今日は特別だったのかな。あっ、もう行くね、じゃあ、また」

そう言って、女の子はにっこりと笑った。そしてくるっと振り向くと「ママー!」と叫びながら、遠くに見える母親の元に走っていった。母親は「ごめんね、待った?」と言いながら、女の子の頭を撫でた。二人は手を繋いで帰っていった。

遠ざかる母娘を、零美はいつまでも見送っていた。さっきの事は、夢だったのか幻だったのかはわからない。でも、ちょっとの間だけ、母と娘の時間を持つ事が出来た。「ありがとう」と女の子の背中に向かって呟いた零美の目から、一筋の涙が零れ落ちた。

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