第69話「夫の寿命が気になる女」

平日の夕方、髪の長いその女性は、深紅のワンピースに身を包んで零美の前に現れた。「こんばんは」と鼻にかかった声の出し方からも、いかにも夜の仕事が似合いそうに思えた。

「突然でごめんなさいね。予約していませんけど、出来ます?」
「鑑定ですか? 大丈夫です、どうぞこちらへ」

黒のハイヒールがこつこつと音を立てる。「そちらのソファーへどうぞ」と声をかけ、コーヒーでもいかがと尋ねると、彼女は笑顔で頷いた。カウンター越しに「お砂糖やミルクは如何致しますか?」と声を掛けると、「お願いします」と答えた。

淹れたてのコーヒーを二つ用意して席に着き、「気になる事はどのような内容でしょうか?」と尋ねると、ミルクと砂糖をコーヒーに入れてかき混ぜながら、「実は主人の事なんですけど……」と話し始めた。

「この度、縁あって結婚したんですが、夫の健康運はどうかと気になりましてね」
「それはおめでとうございます。では、ご主人の生年月日を教えていただけますか?」

紙とペンを渡すと、少し変わった感じの持ち方で、器用にペンを走らせた。その内容から命式を導きだした後、プリントアウトして彼女の前に置いた。

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「えーっと……。あっ、ご主人は七十五歳なんですね」
「はい」

「随分と年の差があるようですが……」
「四十五歳差です」

「えっ? という事は、奥様は三十歳ですか」
「はい」と答えた彼女の顔は、何か問題でも、と言いたげだった。

「どうですか、夫は長生き出来そうですか?」
「そうですね。ご主人はかなりの強運の持ち主です。徳を積んだご先祖の守護が強いと思います。お体も強そうですから、長生きされると思いますよ」

そう言った瞬間、彼女の両目が少し広がったが、悟られぬように平静を装って尋ねた。

「と言う事は、あと何年ぐらい生きられそうですか?」
「長寿の家系のようですから、九十は越えられると考えると、十五年は大丈夫じゃないでしょうか」

「じゅ、十五年?」

声は上ずり、さっきよりも目の広がりが大きくなった。余りにもわかりやすい驚きようだったが、零美は見なかった振りをした。

「少しでも結婚生活が長い方がよろしいですよね」
「それは嫌みかしら?」

目を吊り上げて怒ったような口調の彼女に、「えっ?」と思わず零美は聞き返した。

「当てが外れた私を、心の中で笑ってるんでしょ」
「そんな……」

「どうせ、お金目当てで結婚したくせにって、思っているんでしょ」
「いえ、私はそんな事は……」

「誰だってそう思うわよね。私だって否定するつもりはないわ。本当の事だもん」
「……」

この場合、どんな顔をすればいいのかわからず、零美は黙って彼女を凝視した。長い髪をかき上げ、頭をぶんぶんと横に振った。

高そうなブランド物のバッグからタバコを取り出して吸おうとしたが、「すいません、店内は禁煙なのでご遠慮ください」と言われて「あらそう」と不機嫌そうにバッグに戻した。そして、手持ち無沙汰にテーブルを右手の中指で数回叩くと、観念したように話し出した。

「勘のいい先生ならお見通しでしょうけど、お察しの通り私は、夫の財産目当てで結婚しました。六本木の店から銀座のクラブに移ったのも、若い金持ちよりあの世が近い金持ちの方が、後々が楽に暮らせるだろうと思ったから……」

思った通りの話で、別段驚く事はなかった。四十五歳も年上の男性に若い女性が近づくとしたら、それ以外の目的がある方が驚いてしまう。夫の方も重々承知で結婚したのだろうから、何の問題もないように思う。

しかし、今の彼女の反応は、当初の思惑が外れた事に対する落胆だった。彼女は、高齢の夫の寿命はそんなに長くないであろう、と踏んでいたのだ。

「いや、あの……。私は、奥様の気持ちはとてもよく理解出来ます。お金持ちの方が若い綺麗な女性を妻に迎えて余生を楽しむのはよくある事です。確かに世間には羨んだり妬んだりする人は多いでしょうが、問題ないと思います。

それに、確かにご主人は長生きしそうですが、それは確率の問題ですから。そうなるかも知れないし、必ずしもそうならないかも知れません。占いは、当たるも八卦当たらぬも八卦ですよ」

誰も未来の事を百パーセント当てる事なんて出来ない。そうなりやすいですよ、と言うだけの事である。信じたい人は信じたら良いし、信じたくなければ信じなければ良い。そんなに気にする事ないですよ、といった意味で零美は言った。

「……そうね」

彼女は気を落ち着かせ、自分に言い聞かせるように言った。

「先生の言う通り、人がいつ死ぬかなんてわからないわよね。交通事故で亡くなったり、通り魔に刺される人だっているんだもの」

彼女はそう言って、ソファーにもたれかかって上を見上げた。しばらく天井を見つめていたが、納得したように「はい、わかりました。ありがとうございます」と言って、鑑定料を支払って帰っていった。

彼女が出て行った後、零美の頭の中では、こつこつと床を叩くハイヒールの音が繰り返されていた。しばらくは、「ハイヒールの女」として記憶に残る事だろう。

彼女が店を訪れた二ヶ月後の事、あの日のハイヒールの音を思い出す事件が起きた。七十五歳の資産家の男性が、自宅で倒れて亡くなったのだ。

ワイドショーには、インタビューに答える妻の姿が映された。つば広の黒い帽子に大きなサングラスをかけた女性は、時折吹く風に長い髪をなびかせていた。

一通りのインタビューを終え、踵を返して自宅に入ろうとする彼女の黒いハイヒールは、いつか零美が聞いた「あの音」を立てていたのかどうかは、画面からはわからなかった。

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