第70話「父親の後妻が気になる娘」

夕方遅い時間にやってきたのは、紺のスーツに身を包んだ会社員らしき女性だった。約束の時間を過ぎてしまい「すいません」と謝った。

「昨日、電話で予約した富岡真弓です」
「お待ちしていました、どうぞ」

足早に席についた彼女は、少し緊張しているようだった。「コーヒーでもいかがですか?」と尋ねると「ありがとうございます」と笑顔になった。淹れたてのコーヒーにチョコレートを二個添えて、彼女の前に置いた後、零美も腰を下ろした。

「今日はどのようなご相談ですか?」
「実は、私の父、富岡純一郎の事で悩みがありまして」と言って、彼女はバッグから一枚の写真を取り出した。写真には、年配の男性と若い女性が並んで写っていた。

その女性には見覚えがあった。一週間前にここに来ていたからだ。夫がいつまで生きられるかと気にしていた彼女だ。

「私の父と、父の再婚相手です」

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あの彼女が、目の前の女性の父親の再婚相手という事か。同じ男性の悩み相談に来るという偶然に驚いたが、とりあえず知らないふりをする事にした。いくら身内であっても、簡単に相談者の秘密を漏らすのは守秘義務違反だ。

「奥様ですか。見たところ、随分と年が離れていらっしゃるようですが」
「父が七十五で彼女が三十ですから、四十五離れています」

「あら……」
本当はその年齢差である事は知っているのだが、あえて知らないふりをするために驚いてみせた。

「失礼ですが、真弓さんは……」
「私は三十四ですから、四つも年下のお義母さんと言う事になります」

「それはちょっと、複雑な心境でしょうね」
「はい。長年連れ添った母を亡くして以来、元気がなかった父が再婚するのは構わないのですが、よりにもよって私よりも若い女性と結婚するなんて。しかも彼女は、元銀座のクラブの女ですよ。男を手玉に取ってお金を引き出す事だけを考えているような女が、私の義母だと考えるともう……」

そう言って、両手を強く握りしめて震わせている。夫に早く死んでほしいと願っている本音を聞いているがゆえに、彼女の無念さがよく理解出来る。しばしの間、彼女は目を瞑っていたが、落ち着きを取り戻して再び話を始めた。

「実は先生、今日お伺いしたのには、もっと深刻な事情があるのです」
「深刻……と言いますと?」

「一代で会社を興して、世間にも少しは名が知られている父ですから、ある程度の財産は持っています。もし亡くなれば、私と妹は相続する事になりますが、当然妻である彼女は遺産の半分を相続するでしょう。それだけでもかなりの金額です。

確かに、父が余生を楽しむために結婚したわけですから、相続するのは当然の権利なので、それは全然構わないんです。でも、父は結婚してすぐに、生命保険に入ったんです。もちろん、受取人は彼女です。

これはもう、早く死んでくれれば多額の保険金が入ると言う事じゃないですか。彼女は絶対、お金目当てで結婚した事はわかっているんです。七十五歳という後期高齢者だから、そんなに長くは生きないだろうと思ったはずなんです。

でも父は、風邪ひとつひかない健康な人です。しかもうちの家系はみんな長生きで、九十越えても元気だった人ばかりです。そう考えると、十五年は残っているであろうこれからの時間を、彼女は悠長に待っていられるでしょうか」

この人の言いたい事はわかる。世間でよくある保険金殺人の事を言いたいのだ。

「十五年待つと四十五ですからね。三十歳の彼女にとっては長いでしょうね」
「そうなんです。ですから、もしかしたら、なかなか死なないとわかった時点で、彼女は強硬手段に出るんじゃないかと……」

「……それは……殺人……って事ですか?」
この言葉は言いたくなかったが、彼女の口からは言いづらいだろうからあえて言ってみた。

「はい」
「でも、もしそんな事をしたら刑務所行きじゃないですか。それよりも、寿命で亡くなるまで待った方が賢いと思うのですが」

「普通はそうすると思うんですよ。でも、彼女を見ていると、そんなに待てるような人には思えないんです。すぐに死んでくれると思って結婚したのに、そうじゃないとわかったら……。

病気に見せかけてわからないように死なせる事だって、不可能じゃないと思うんですよ。この写真を見て、どうですか。先生から見て、彼女はそう言う事をするかも知れないと思われますか?」

身を乗り出して聞いてくる彼女の圧に、少し体がのけぞってしまった。何と答えれば良いのか、皆目見当がつかなかった。

「う――ん、難しい話ですねえ」

腕組みをして考えてみるが、良い返答が浮かばない。とりあえず、無難な答えに決めた。

「完全犯罪というのは、用意周到に計画してこそうまくいくのですから、かなり知的な人でないと難しいでしょう。この人はそういうタイプには見えませんねえ……」

遠回しな言い方だが、彼女は察してくれたようだ。最後にお礼を言って頭を下げ、帰っていった。

そしてしばらくして、富岡純一郎氏が自宅で亡くなった事が報じられた。四十五歳年下妻と結婚して数か月後の事だったため、ワイドショーではこの話題を連日扱っている。果たして娘が心配した通り、若妻による完全犯罪なのかどうか、未だに真相は闇の中だ。

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