第75話「愚痴を言いたい女」

「こんばんは」
その女性は、ドアを小さく開けて小さな声で言った。その声に反応して「はい、ただいま」と零美が入り口に向かった。

「今、大丈夫ですか?」と控えめな態度で尋ね、「よろしいですよ」と応答すると「おじゃまします」といたずらっ子のような笑顔で入ってきた。

彼女の名前は光石静江、年齢は二十八歳。予約もせずにやってくる彼女は、もう何度も訪れている常連の客だ。

「そろそろ来るかなと思っていましたよ」と、カウンターでコーヒーを淹れながら零美が言うと「流石に勘が冴えてるわね」と笑った。

彼女の自宅は知らないが、職場は近くにあるらしい。占いが好きで、今までいろんな占い師に観てもらったと言う彼女は、たまたま見つけて入ってから零美の事を気に入り、それ以来、数か月に一度のペースで訪ねてくるのだ。

彼女の場合、特に深刻な悩みがあるわけではない。ただ愚痴を聞いてもらいたいだけなのである。他人の愚痴を聞くというのは、一見すると簡単そうに見えるのだが、これが結構疲れるものなのだ。

ホットコーヒーとは別に、彼女がお気に入りのお菓子を用意する。話を聞くだけなのでお金にはならないのだが、たまにはボランティアもするべきだろう、と零美は割り切っていた。

Sponsered Link



「私、このハート型のパイが大好きなの。先生ありがとう」
「喜んでもらえて良かったです。今日はどうしましたか?」

「どうしたもこうしたもないんだけどね。会社の年下の女の子が結婚するんだって話を聞いてね。ちょっと羨ましくなっちゃってさ」
「光石さんは再婚しないんですか?」
「したいんだけどねえ……」

彼女は二年前に離婚して、今は三歳の息子がいるシングルマザーである。実家に出戻って、両親と暮らしている。

「こんなに美人なんだし、結構モテるんでしょ?」
「いやいや、美人と言うのは合ってるけど、全然モテないのよ。何が悪いのかしらねえ」

ロングの髪を胸まで伸ばして、はっきりとした二重の大きな瞳でハーフっぽい彼女は、二十八歳という実年齢よりも遥かに若く見える。

「高望みしているんじゃないですか?」
「そんな事ないわよ」

「どんな人がタイプなんですか?」
「ギャンブルして借金しない人。真面目な人がいいわね。前の旦那がギャンブル好きで借金抱えてさ。うちのお父さんが警察官なもんで、別れさせられたのよ」

「借金って、どれくらいだったんですか?」
「三百万。お父さんが手切れ金だって言って二百万出してあげたわ。後は自分で返せって言ってね」

「別れさせられたって言う事は、光石さんは別れたくなかったんですか?」
「別に。どっちでも良かったかな。ウチらはできちゃった婚だったしね。お父さんが旦那に責任取れって迫って結婚させたのよ」

「じゃあ、あんまり愛情はなかったって感じですか?」
「そうねえ。結婚する前は格好いいなあって思ってたけど、一緒に住んでみるといろいろ出てくるよね、嫌なところが」

「例えば?」
「服は脱ぎっぱなしだったり、靴下もあちこちに脱ぎ捨てたり、だらしなかったよね」

「なるほど」
「車やバイクが好きでね。結構お金使ってたよね」

「一緒にドライブに行ったりとか?」
「全っ然、行った事ない。仲間とツーリングに行くのが忙しくてね。そうじゃない日はパチンコかな。競馬もやってたね」

「じゃあ、家族サービスなんてなしですか?」
「そうねえ、なかったかも。私よりも三つ年下だったし、まだお子ちゃまだったのよね」

「と言う事は、旦那さんはまだ二十五歳ですか?」
「そう。出会った時は私が二十四だったから、あっちは二十一の時だったね」

「旦那さんは仕事はしてたんですか?」
「うん。一応、建築関係をね。先輩がやっているっていう会社で働かせてもらってたの」

「給料は良かったんですか?」
「同じ年代の人よりはもらってたと思うわね。でも、入ってくるよりも出て行く方が多いから、結局は借金が膨らんでいったみたい」

「借金があるって知らなかったんですか?」
「うん。お金は全部任せてたから。でも段々と入れてくれるお金が少なくなっていって。そのうち催促の電話が鳴り出して、気がついてみたら三百万だった……」

「光石さんってもしかして、お嬢様、ですか?」
「言わなかったっけ? 先祖が遺した土地とかあってね。おじいちゃんは会社経営してるし、それなりに恵まれてるの。お父さんは所謂「キャリア」だし」

「キャリアですか? じゃあ、東大出身?」
「そうそう。だから将来の事を考えると、娘の旦那が悪い事をする前に別れさせないといけないのよね」

派手な顔立ちからは想像も出来ないが、相当なお嬢様だったようだ。

「でもよくできちゃった婚を許してくれましたね」
「跡取りが欲しかったのよね。うちは女系家族だから」

「と言う事は、おじいちゃんもお父さんも婿養子?」
「そう。だから息子の種をくれた彼には感謝してたわけね」

「と言う事は、男の子の孫さえいればいいから、もう用済みって事ですかね?」
「悪く言えばそうね」

「お金に困らないんだったら、再婚はしないつもりですか?」
「でもさ、世間体ってあるじゃない? だから今度は、真面目な人と結婚したいなって思っているの」

「お父さんの部下とか?」
「それもあり得る話ね」

そう言って彼女は、声を立てて笑った。そしてもう気が晴れたのか、「また来るね」と言って帰ってしまった。年代も近くて話しやすい彼女は、零美の数少ない友だちだった。

『雨の中の女 神野 守 短編集 第1巻』amazonで販売中!

https://www.amazon.co.jp/dp/B07FYRKPL2/

Sponsered Link



投稿日:

執筆者:

以下からメールが送れます。↓
お気軽にメールをどうぞ!

こちらから無料メール鑑定申し込みができます。お気軽にどうぞ!
お申込みの際は、お名前・生年月日(生まれた時刻がわかる方は時刻も)・生まれた場所(東京都など)を明記してください。
ご自身のこと、または気になる方との相性などを簡単にポイント鑑定いたします。何が知りたいかを明記の上、上記までメールを送ってください。
更に詳しく知りたい方には有料メール鑑定(1件2000円)も出来ます。

最新の記事をツイッターでお知らせしています
神野守(@kamino_mamoru)





  • 37現在の記事:
  • 35420総閲覧数:
  • 2今日の閲覧数:
  • 162昨日の閲覧数:
  • 1173先週の閲覧数:
  • 5336月別閲覧数:
  • 17355総訪問者数:
  • 2今日の訪問者数:
  • 120昨日の訪問者数:
  • 740先週の訪問者数:
  • 2516月別訪問者数:
  • 105一日あたりの訪問者数:
  • 1現在オンライン中の人数:
  • 2018年8月14日カウント開始日: