第78話「つけてくる女」

ドアを開けて「あのう、お話させてもらってもいいですか?」と声を掛けた男性は、夕方の遅い時間帯にやってきた。四十代後半であろう彼は、浅黒い顔が憔悴しきっていて、いかにも精神的に参っているようだった。

「大丈夫ですよ、中にお入りください」
深刻そうな彼の事情を察し、店内に誘導した。ソファーに身を沈めた彼に淹れたてのホットコーヒーを届けると、「ありがとうございます」と頭を下げ、ずずずっと音を立てて飲み始めた。

「かなりストレスがあるように見えますが、何か悩みをお持ちなんですか?」
零美の暖かい言葉が胸に沁みたのか、しばらく両目を瞑って奥歯を噛み締めた後、ようやく言葉を発した。

「僕の行く先々に、いつも現れる女の人がいまして……」
「えっ、知っている人なんですか?」

「いえ、全く知らない人なんです」
「若い女性ですか?」

Sponsered Link



「白い大きな帽子を被って、ストレートの長い髪が腰の辺りまで伸びていて、赤いワンピースを着ているので目立つのですが、年齢は二十代なのか三十代なのかわかりません」
「いつも同じ格好なんですか?」

「はい。いつも遠くからこっちを見ているんです。赤いワンピースが印象的なので自然と目がいってしまうのですが、一瞬目を逸らして再び見ると、もういなくなっているんです」
「たまたま似たような人がいた、という事ではありませんか?」

「それは何とも、言えませんが……」
「所謂、ストーカー、ですかね?」

彼は黙ったまま、真っすぐ前を見つめていた。まるで、ギリシャ神話の怪物メドゥーサに見つめられて固まってしまったかのように動かない。

「あ、あのう……」
「……」
「どうされましたか?」

彼は顔を固定したまま、右手と左手をテーブルの上で忙しく動かしていた。その様子から、彼の求めているものを察した零美は、紙とペンを彼に持たせた。彼はそれに気づくと、顔は前を向いたままペンを走らせて「あなたのうしろにいる」と書きなぐった

彼が目を離せないのは、目を離すと消えてしまうからだ。彼の意図を知った零美が小さな声で「いつもの人ですか」と尋ねると、「そうです」と紙に書いて返答した。

零美は全てを察し、彼女の心を探り始めた。メッセージを受け取った零美は、それを元に、彼に悟られないようにスマホを操作して和彦にメッセージを送った。

「青柳さん、本当に覚えていませんか?」
「えっ?」

彼はまだ名前を名乗っていなかった。それなのに、どうして自分の名前を呼ぶのか不思議だった。でも、霊視が出来るならそのぐらいの芸当が出来てもおかしくないかな、と納得した。

「な、何をですか?」
「彼女の事をですよ」
「い、いや、だから、全然わかりませんよ。知らない人です」

その言葉を確認するため、零美は再び彼女と交信を始めた。しばらくして、ようやく合点がいったのか、伏せていた顔を上げて彼に言った。

「そうですよね。顔は見ていなかったんですもんね」
「えっ?」

意味深な言葉を訝しく思ったのか、目線を移して零美の顔を見つめた。

「どういう意味ですか?」
「いや、文字通り、顔を見ていなかったですよねって事です」

「えっ? 何を言ってるんですか? 顔は見ましたよ、さっきも。やっぱり同じ女性でした」
「それはわかっています。でも、あの時は顔を見ていなかったんですよね?」

「えっ? あの時って、いつの話ですか?」
「一か月くらい前ですよ。覚えていませんか? 人通りの少ない道路を運転中、トラックで人を撥ねたでしょ?」
「……」

「目撃者は誰もいない。動かないから即死だと思った。しかもあなたは、かなりお酒を飲んでいた……」
「……」

「ところがですね、彼女はまだ生きてたんですよ」
「……」

「病院に運べば助かったかも知れない」
「……」

「でもあなたは、飲酒運転がバレるのが怖くて逃げた。車から降りて生死の確認をしなかった。だから顔を見ていないんです。白の帽子と赤いワンピースだけは覚えていましたが、顔は見ていなかったから知らない人だと思ったんです、彼女を」

そう言って零美は、彼の左横に向かって指を差した。それに釣られた彼が左横に顔を向けると、白い大きな帽子を被って腰まで髪を伸ばした赤いワンピースの女が無表情のまま立っていた。彼は「ひゃっ!」と声を上げ、頭を抱えて床にうずくまった。

「た、た、助けて―!」

震えながら叫ぶ彼を見下ろしながら、ゆっくりとした口調でこう言った。

「どうしますか? 自首しますか?」
「……」

「今、奥の部屋で刑事さんが待機してくれてますよ。罪を認めて自首した方がよろしいんじゃないですか?」
「……」

「以前、あなたのように人を死なせた人がここに来ましたが、その人は刑事さんの静止を振り切って外に飛び出し、車に撥ねられて即死でした。彼女は、あなたが自首してくれたら死なせるつもりはないようですよ。でも、もしここで逃げたら、あなたを死なせるまで追いかけると言っています。どうしますか?」

ぶるぶると震えながら黙って話を聞いていた彼は、しばらく考えた後、観念したように「自首します」と小さく答えた。零美は奥で待機していた川崎刑事を呼び、自首する旨を伝えて彼を連れていってもらった。

彼らが去った後に彼女を視ると、さっきまでの無表情が少し笑顔になっていた。彼女に向かって「ありがとう」と頭を下げると、何も言わず静かに消えていった。

『雨の中の女 神野 守 短編集 第1巻』amazonで販売中!

https://www.amazon.co.jp/dp/B07FYRKPL2/

Sponsered Link



投稿日:

執筆者:

以下からメールが送れます。↓
お気軽にメールをどうぞ!

こちらから無料メール鑑定申し込みができます。お気軽にどうぞ!
お申込みの際は、お名前・生年月日(生まれた時刻がわかる方は時刻も)・生まれた場所(東京都など)を明記してください。
ご自身のこと、または気になる方との相性などを簡単にポイント鑑定いたします。何が知りたいかを明記の上、上記までメールを送ってください。
更に詳しく知りたい方には有料メール鑑定(1件2000円)も出来ます。

最新の記事をツイッターでお知らせしています
神野守(@kamino_mamoru)





  • 26現在の記事:
  • 36181総閲覧数:
  • 154今日の閲覧数:
  • 268昨日の閲覧数:
  • 1567先週の閲覧数:
  • 6097月別閲覧数:
  • 17757総訪問者数:
  • 94今日の訪問者数:
  • 143昨日の訪問者数:
  • 923先週の訪問者数:
  • 2918月別訪問者数:
  • 118一日あたりの訪問者数:
  • 5現在オンライン中の人数:
  • 2018年8月14日カウント開始日: