「先生、生まれ変わりってあるんですか?」
「生まれ変わりですか?」
「はい。輪廻転生ってやつですかね」
「仏教の?」
「はい。チベット仏教のダライ・ラマが亡くなると、どこで転生したかが予想されてその地方に探しに行きますよね、子どもを」
「それは聞いた事があります」
「催眠療法で退行催眠をした結果、自分は誰々の生まれ変わりだったなんて言い出すのをテレビでもやってましたけど」
「ありましたね」
「それで最近思う事があって……」
「はい」
「僕は坂本龍馬の生まれ変わりなのかなと」
「坂本龍馬ってあの、幕末の志士の?」
「はい」
彼は真面目な顔で答えた。彼の名前は坂本仁志。平日の夕方に予約もなしに突然やってきた。百八十は優に超える身長、広い肩幅、分厚い胸板、オールバックの髪、ジーンズに革靴を履いている。
これで着物を着て鉄砲を持っていたら、まさに坂本龍馬かと思う、かも知れない。また、偶然にも彼の名字が坂本という事も、龍馬に親近感を抱かせる要因なのではないだろうか。
「坂本さんのご出身は?」
「東京です」
「高知じゃないんですね」
「はい。そこは残念過ぎるところです」
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肩を落としてため息をつくところは、想定していた反応だった。どうして土佐に生まれなかったのかという悔しさが伝わってくる。
「名字が坂本だから、龍馬の生まれ変わりって事ですか?」
ちょっと意地悪な言い方だなと思いながら聞いてみた。そんな単純な話のはずがないのはわかっているのだが。
「まあ、それだけじゃないんですけどね。龍馬の活躍で時代が大きく動いたじゃないですか。江戸幕府三百年の時代から、明治時代に。僕も龍馬みたいに、時代を変える大きな事をしたいと思っているんですよ」
「なるほど」
「志が大きいところが龍馬っぽくないですか?」
そう言った彼の顔は真剣そのものである。大きな両目を爛々と輝かせ、太い眉毛には自信がみなぎっていた。自分は龍馬の生まれ変わりだけど何か問題でも、と言いたげだった。
「生まれ変わりかどうかは私にはわかりませんが、とりあえず四柱推命鑑定でもしてみますか?」
「はい」
「では、こちらに生年月日を書いてください」
「わかりました」と言ってペンを取ると、大きな文字で豪快に数字を書いた。龍馬もこんな感じだったのだろうか。そう思いながらパソコンに入力して命式を出し、彼の前に置いた。
「どうですか、やっぱり龍馬でしたか?」
身を乗り出してくる彼に、思わず圧を感じながらも、平静を装って話し始めた。
「そうですねえ。確かに坂本さんも器の大きな方ですね。行動力があると言いますか、プラス思考の持ち主で運も強いので、成功者になる確率は高いと思います」
「ありがとうございます」と頭を下げ、再び両目を輝かせた。やっぱりそうでしょ、龍馬だったでしょ、と言いたげに見えた。ただの占い師に過ぎない自分の言葉だけで、いとも簡単に自信を持つ事が出来るという点はある意味すごい、としか思えなかった。
「もし龍馬の生まれ変わりだとしたら、これからどうしたいですか?」
「そうですねえ――」
一番聞いてみたかった事を尋ねた。彼は龍馬の生まれ変わりとして、何をするつもりなのだろうか。この閉塞感漂う日本を新しい時代へと導こうと、どんなビジョンを持っているのだろうか。何故だか彼に期待してみたくなったのだ。
両手を頭の後ろで組んでソファーにもたれかかり、天井を見つめながらしばらく考えていた。そして何か思いついたように身を起こして、大きな瞳を零美に向けて言葉を発した。
「龍馬が脱藩したのは二十六歳で、二十八歳でお龍と出会いました。なので僕も、四年後の二十六には東京を出て、その二年後には生涯の伴侶と出会いたいと思います」
「それはやっぱり、お龍さん?」
「はい。どうですか、二十八歳で出会いそうですか?」
そう言われて、再び彼の命式に目を通した。出会いそうかと言われれば、そう思えなくもない。彼の夢を壊さないためにも、確信はないけど出会うと言うべきだろう。
「そうですね。確かにその頃に出会うように思われます」
「良かった。やっぱり龍馬ですからね。出会いますよね」
思い通りの言葉に、満面の笑みを浮かべている。オリジナルの坂本龍馬も、彼のように単純な人間だったのだろうかと考えながら、零美の目は左上を見た。そして、ここで気になった事を聞いてみる事にした。
「ところで、龍馬って三十一歳の若さで亡くなってるじゃないですか」
「はい」
「しかも暗殺ですよ」
「そうです」
「どうします、その辺のところは?」
「と言いますと?」
「いや、あの、あまりに早すぎる死だなと……」
「早いですよね」
「しかも暗殺ですよ」
「はい」
「あの――、気にならないんですか、自分も三十一歳で亡くなるんじゃないかって」
「そうですね――」
彼は再び考え始めた。今度は胸の前で腕組みをして。いくら龍馬になりたいからって、早死にするのは嫌なはず、どんな返答をしてくれるのか楽しみだった。しばらくの間、じっと黙って考えた後、彼は口を開いて答えた。
「そしたらまた、どっかで生まれ変わります」
どこまでも堂々としている姿は、どこか大物の予感がした。満足して帰っていく彼の大きな背中を見ていると、もしかしたら本当に龍馬の生まれ変わりなのではないかという気がしてきた。彼がどんな風に日本を洗濯してくれるのか、なんだか楽しみになってきた。
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