ある日の夜、店を閉めようとしていた零美に男性が話しかけてきた。
「あの…ちょっとよろしいでしょうか?」
零美はすぐに男性の異様さに気がついたが、とりあえず話を聞こうと思った。
「どうされたんですか?」
「実は私、オートバイで事故を起こしたのですが、人目のつかない山の中ですので、発見されづらいというか…。それであなたに、実家の両親に知らせてもらいたいと思いまして…」
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黒いライダースーツを着て、頭から血を流している彼を見て、この世の者ではないと悟った零美は、彼の名前と事故を起こした場所、それと彼の両親の連絡先を聞いて紙に書いた。
その様子を奥から見ていた和彦には、零美が独り言を呟いているようにしか見えなかった。
「では、早速あなたのご両親に電話してみます」
「ありがとうございます」
零美は彼から聞いた電話番号に掛けてみた。
「あの、夜分に失礼いたします。そちらは矢吹様のお宅でしょうか?」
「はい、矢吹ですが、どちら様ですか?」
五十代後半ぐらいの女性が電話に出た。
「私は、東京で占いのお店をしている加賀美零美と言います。大変申し上げにくい事なのですが、先ほど息子さんがこちらに訪ねて来られまして…」
「はい」
「オートバイで事故を起こしたそうなんです」
「バイクで事故ですか?それで息子は無事なんですか?重症ですか?」
「いえ、あの、その……。実はもう亡くなっていらっしゃるんです」
「え――――っ? だって、あなたさっき、息子が訪ねて来たって言ったじゃないですか!」
「はい。実は今も私の目の前にいらっしゃいます」
「そ、それは息子の幽霊って事ですか?」
「はい」
「そんなバカな事ってありますか? 幽霊が訪ねて来たって。私をからかっているんですか? 何のいたずらですか?ひどいですわ、いきなり電話掛けてきて、そんな質(たち)の悪いいたずらをして」
「いえ、いたずらではないんです。本当にあなたの息子さんなんですよ」
「もし本当に息子が死んだのなら、警察から電話があるじゃないですか。そんな連絡なんて何にもありませんよ」
「いや、山の中だから見つかりにくい所だって息子さんが言ってます。だから警察にも連絡がまだなんですよ」
「とにかく、いたずらならいい加減にしてください。切りますよ、もう!」
母親は電話を切ってしまった。零美が息子を見ると、彼は悲しそうな顔をしていた。
困った零美は、とりあえず和彦に相談してみる事にした。
「ねえ、和彦さん、ちょっとこっちに来てくださらない?」
「う、うん……」
和彦は、さっきの電話の内容から、おそらく零美の目の前に亡くなった青年がいるのだろうと思ったが、自分には全く見えないので恐る恐る零美の所に近づいた。
「こちら、オートバイ事故で亡くなった矢吹孝文さんです」
零美に紹介されても、和彦にはどこに彼が立っているのか見当もつかない。
「矢吹さん、夫の和彦です」
零美にそう紹介されたので、和彦は軽く頭を下げた。
「ごめんなさい、矢吹さん。僕には全然見えないんです」
そりゃそうだと言う顔をして青年は笑っていた。
「あのね、この人は山の中で事故を起こして、そこがまたわかりづらい場所なんだって。だから誰にも発見されそうにないから、私に何とかしてほしいって訪ねて来たのよ」
「う、うん。それは何となく理解できる。君は亡くなった人の通訳みたいな立場なんだよね。僕の母もおばあちゃんもそういう人だから、君がそういう事が出来るってのは理解できるよ。でも、普通の人は理解できないかも知れないね。いきなり、あなたの息子さんと話しましたよって言われてもねえ…」
「そうなのよね。だからさ、警察に連絡しても信じてもらえないんじゃないかと思うのよ。どうしたらいい?」
零美にそう言われてしばらく考えていた和彦は、思いついたように言った。
「僕の高校時代の友人で刑事になった奴がいるんだよ。そいつに頼んでみようか」
そう言って、和彦は電話を掛けた。
「あ、もしもし、川崎? 加賀美なんだけど。こんな時間に悪いけどさ、頼みがあるんだよ。ちょっと家に来て」
「おう、加賀美か。いいよ、すぐ行くから待ってて」
しばらくして、和彦の友人で刑事の川崎亮太がやってきた。
「こんばんは」
「悪いな、こんな時間に呼び出して。あっ、初めてだよね、うちの奥さん」
「初めまして、加賀美の妻で零美と言います。ご足労いただきましてありがとうございます」
「あ、どうも奥さん、初めまして。和彦の友だちで川崎亮太です」
「早速で悪いんだけどさ、君に頼みがあるんだよ。こちらの男性がオートバイで事故っちゃってね…」
「えっ? こちらの男性って? どちらの?」
「いや、その、僕にも見えないんだけどね。ここにいるらしい。僕の母が霊能者って知ってるだろ?うちの奥さんもそういう能力がある人なんだ。それでね、こちらの亡くなった男性が頼って来たんだよ」
和彦にそう言われても、全く見えない川崎には俄かに信じられないようだった。
「川崎さんが信じられなくても当然だと思います。先ほど、こちらの矢吹さんの実家のお母さんに電話で話したら、いたずら電話だと思って切られてしまいました。それで、警察に電話しても信じてもらえないかもと思って、川崎さんに来ていただいたのです。このまま誰にも発見されなかったら、この人がとても可哀想なので…」
零美は、大きくて綺麗な目を潤ませて川崎に訴えた。こんな美女の頼みを断ったら申し訳ないと川崎は思った。
「わかりました、奥さん。私に任せてください。警察官を動員してこの人の遺体を探しますから」
「ありがとうございます」
「川崎、ありがとう」
亡くなった矢吹も頭を下げていたが、視えたのは零美だけだった。
数日後、川崎から矢吹孝文の遺体が発見されたとの連絡があった。警察から遺族に連絡をしたという。
川﨑からの電話を受け、和彦は零美にその事を話した。
「良かったね、無事に見つかって」
「そうね、実家のお母さんも驚いたでしょうね。あの電話は本当だったんだって」
零美には、頭を下げてお礼をしている矢吹の姿が視えていた。
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