第81話「彼の心が知りたい女」

「こんにちは」
声に気づいた零美が出て行くと、入り口には優しそうな女性が立っていた。髪を胸まで伸ばして、全身を暖色系でコーディネートした彼女は、小首を傾げて微笑んでいた。

「昨日電話を頂いたお嬢さんですよね、名前は……」
「西小百合です」
「あ―、西さんでしたね。どうぞお入りください」

軽く頭を下げた彼女は、白いテーブル席のソファーに腰を下ろした。「素敵なお店ですね」と言う彼女に「ありがとうございます」と軽く会釈をした。

「お飲み物は何がお好きですか? コーヒーとか紅茶とか……」
「じゃあ、ミルクティーをお願いします」
「了解しました」

電子レンジで牛乳を温め、ティーカップに移した後、ティーバッグを二つ入れ、砂糖とはちみつを加えた。「どうぞ」と彼女に差し出すと、「ありがとうございます」と小首を傾げ、微笑んだ頬にはえくぼが出来た。

「西さんのお悩みは何でしょうか?」
「実は……」

飲みかけのミルクティーを皿の上に置いて、持ってきた茶色のショルダーバッグからスマートフォンを取り出した。一際大きな画面を操作して、一枚の画像を見つけると零美の方に向け、「この人の今の気持ちが知りたいんです」と言った。

それは、海を背景に男女が写っている写真だった。彼女の隣に立っている男性は、中肉中背のがっしりとした体格で、太い眉毛で彫りの深い顔立ちだった。彼女はいかにも着物が似合いそうな和風美人なので、美男美女のカップルである。

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「この人は彼氏ですか?」
「はい」
「彼の気持ちが今どうなのかなって事なんですね?」
「はい」

さっきまで穏やかだった彼女の顔が、心なしか沈んで見える。彼女はおそらく、感受性の鋭い子だ。言葉に出さなくても、相手の心を読みとってしまう。この写真に写っている彼氏の心が、彼女の元から少しずつ離れていっているのを感じ取っていたのだ。それを確かめたくて零美の店にやってきた。

「彼は今、あなたに対してとても後ろめたい気持ちをもっています」
「……」

「あなたはそれを気付いていらっしゃるんじゃないですか?」
「……」

「西さんは感受性が鋭い方ですからね。彼の異変には早くから気づいていらっしゃったのでしょうね」
「……」

彼女の瞳から、堪えていたものが零れだした。今まで我慢して我慢していたものが、決壊したダムのように止め処なく止め処なく溢れだした。慌ててバッグからハンカチを取り出して顔を覆った。

彼女はとても責任感が強く、我慢強い。たとえ明確に相手が悪かったとしても、全部自分のせいにしてしまう。それが小さい頃からのクセなのか、人の哀しみを自分が引き受けてしまおうとするのだ。

だから、相手を責める事によって受けるであろう傷を、自分が責められる事によって代わりに受けようとする。それは、心が強い人にしか出来ない事である。

恐らくこのカップルは、近い将来に別々の道を歩む事になるだろう。彼女はその原因を、相手にではなく自分に求めようとしている。「自分がもっとこうしていれば、こんな事にはならなかったはずなのに」と、あくまでも自分を責める人なのだ。

どう考えても、この写真の彼の身勝手さが引き起こした別離である事は、誰もが認めるところであろう。誰も彼女の事を悪く言う人はいないはず。当然、彼自身にしても自分に非がある事を理解しているはずだ。

しかし、世界中の誰もがそうだったとしても、ただ一人、彼女だけが自分の責任と感じてしまう。実はそういうところが、彼にとっては負担になっていたと言わざるを得ない。彼のような男にとって、彼女の優しさは重いのである。

しばらく泣き続けた後、彼女は楽になったようで、顔が少し晴れやかになっていた。飲み残しの冷えたミルクティーを再び口にして、顔を左右にぶるぶるっとした後、零美の顔を見つめて言葉を発した。

「先生、彼にはもう、新しい人がいますか?」
「あっ、え―っと、そうね……。もう彼の心は、その人にかなり傾いているようですね」
「そうですか。良かった」
「えっ? 良かったの?」

彼女が発した意外な言葉に驚いた。普通の人なら、自分を裏切った男に恨みの一つでも言いたくなるだろうに。彼はこんないい娘をどうして振ってしまったのか。

「私じゃなかったんです、彼の運命の人は。そういう事ですよね?」
「えっ、あっ、そうですね……」
「彼が幸せになれるなら、私もきっと幸せになれる気がするんです。良かった」

そう言った彼女の胸の辺りから、彼女の本心が零美の胸に飛び込んできた。やっぱり彼女は深く悲しんでいるのだ。悲しい顔を見せると、相手も悲しい気持ちになってしまう、それを懸念して「良かった」と真逆の言葉を言ったのだ。

深々と礼をして帰っていく彼女の後ろ姿を見送りながら、零美は自分の愚かさを恥じていた。彼女はまだまだ納得してはいない。癒されてはいなかった。それを見抜けずに帰してしまった、自分の未熟さを後悔していた。

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