第82話「報われない恋の女」

平日の昼下がり、その女性は薄いピンクのワンピースで現れた。昨日の電話で予約した片瀬幸子である。「こんにちは」と明るい声が店内に響いた。「は―い、ちょっと待ってくださいね!」と大きな声で答える。ちょっと遅い昼食を食べ終えた零美が急いで入り口に駆けつけた。

「ご予約の片瀬さんですね、どうぞ中へ」と言って案内をする。憂いを含んだ微笑みを湛える彼女に、一言では言い表せないであろう心の内を感じ取っていた。

「コーヒーはいかがですか? ホットとアイスとありますけど」
「冷え性なんでホットでお願いします」

彼女の冷えは心の哀しみが原因のように零美には感じられた。「冷えには生姜がお勧めですよ。はちみつジンジャーコーヒーなんていかがですか」と勧めてみると「生姜、好きなんですよ私。お願いします」と返事が返ってきた。

淹れたてのコーヒーに、おろし生姜とはちみつを加える。ほんのり生姜の香りが漂っている。この匂いを嗅ぐだけで体が温まりそうだ。

「どうぞ」と差し出すと、「ありがとうございます」と軽く頭を下げ、両手で大切そうに持ち上げた。まずは香りを楽しんでみる。「ん―、何とも言えないこの香り。癒されますねえ」と言って微笑むと、もともとの垂れ目が更に強調された。

「私、何でもホットが大好きなんです。好きな人と一緒に焼酎を飲む時も、決まってお湯割りなんです」
「焼酎が好きなんですか?」
「はい。私の好きな人が鹿児島出身で、兄弟の方が送ってきてくれるんですよ」
「そうなんですか。もしかしたら、その方との相性が気になるのでしょうか?」
「はい」
「ではここに、あなたとその方の名前と生年月日を書いていただけませんか?」
「はい」

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ペンを左手に持ち、器用に名前を書き始めた。右手で頬杖をつくのが癖のようだ。「書きました」と手渡され、パソコンで二人分の命式を出した後、テーブルにそれを並べた。

「あら、結構な年齢差がありますね。片瀬さんは二十九歳、真行寺さんは四十七歳。十八歳年上ですか」
「はい。まるで親子ほど離れてますよね。ふふふ」

屈託なく笑う彼女には、何の後ろめたさも感じられなかった。子どものような純粋さが伝わってきた。

「この方はこの年まで独身だったんですか? それとも離婚されたとか?」
「いえ、この人は結婚していて、高校生の娘さんがいます。私は離婚経験者です」

真っすぐに目を見てくる態度からは、隠し事などしないという潔さが感じられた。一見すると優しそうな顔をしているが、芯の強い女性のようだ。

「と言う事は、……不倫?」
「まあ、世間一般的にはそう言う事になりますかね」
「この方は、奥様と別居中なんですか?」
「別居と言う形ではありませんが、仕事部屋を自宅と別に持っているので、普段はそこで寝泊まりしている事が多いです。時々洗濯物を持って帰って、奥さんが洗濯してくれた物を持ってくる感じです」
「片瀬さんは、その仕事部屋で同居しているんですか?」
「いえ、私は自宅が近くで、食事を作りに通っています」
「なるほど」

事実だけを淡々と説明してくれた。とても頭が良く、しっかりとしたお嬢さんだ。
「この方は、仕事は何をされていらっしゃるんですか?」と聞くと「小説家です。ご存知ありませんか?」と言って、手提げバッグの中から一冊の本を取り出した。

古い文庫本だった。書店の名前が入ったカバーが茶色くなっていた。随分昔に買ったものを大切に読み返しているのだろう。

「と言う事は、片瀬さんはこの真行寺先生のファンだった、と言う事ですかね?」
「そうです。先生が偶然、私の母のお店に入ってきたんです。私も時々働いているんですが、憧れの先生に出会えた時は、嬉しくて天にも昇る気持ちでした」

両手を胸の前で組んで目を瞑っている。オーバー過ぎない控えめなリアクションは、彼女の性格を如実に語っていた。

「この方は、奥さんと別れるつもりなんですか?」
「まあ、口では離婚するって言ってくれてますけどね。もう何年も奥さんの体に触れてないみたいなので、夫婦としてはもう冷え切った状態のようです。子どものために一緒にいるって感じみたいで」
「そうなんですか」
「はい。でもまあ、あの人が私の事を愛してくれるのなら、たとえ結婚出来なくても構わないと思っているんです」
「なるほど」

愛の形にはいろいろとある、と言う事なのだ。彼女の言葉から強い信念が感じられた。

「こうして命式を観ますと、お二人はすごく良い関係だと思います。お互いの不足なところを補い合っているので、結びつきは強いと思いますね」
「そうですか。良かったあ。ありがとうございます」

そう言った彼女の顔は、一層明るさが増したようだった。自分の信じた愛を貫くという強い意志が伝わって来た。たとえ世間から認められなくてもいい、報われなくてもいい、そんな覚悟が伝わって来た。

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