第83話「金運が気になる男」

平日の夕方に零美の店を訪れたのは、黒いニューヨークヤンキースの帽子を被り、薄手の濃紺の作業着を着た男性だった。彼の名前は市川一郎。先日、今日の鑑定を予約していた。

「こんばんは」
「こんばんは。市川さんですね。どうぞ」

彼は被っていた帽子をとって一礼し、指定された席に座った。零美が「コーヒーでもいかが」と言うと、「是非」と答えた。彼は、出された淹れたてのコーヒーの香りを楽しみ、「excellent(エクセレント)」と呟いた。

「コーヒーお好きなんですね?」
「はい。このコーヒーはいいですね。上等です。お洒落です」
「ありがとうございます」

零美は、コーヒーを褒められるのが何よりも嬉しい。思わず顔がほころび、美味しそうにコーヒーを飲む彼に「市川さんのお悩みは何ですか?」と尋ねると、「僕の悩みはお金の事です」と答えた。

「昔から、お金の事で悩んでいます」
「わかりました。こちらに生年月日を書いてください」

言われた通りに紙に書いて渡すと、パソコンで命式を出し、プリントアウトして彼の前に置いた。

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「市川さんは、ご自分に金運がないと思いますか?」
「はい」
「市川さんは金運ありますよ」
「えっ? 本当ですか?」予想外の言葉に声が裏返った。

「金運がないのではなく、お金に執着していないんです」
「執着していない?」
「はい。市川さんは、お金よりも精神的な満足を求める人なんですね」
「はあ……」

「今はどんなお仕事をされているんですか?」
「僕は運転手です」
「車の?」
「はい。元々は便利屋だったんですけど、今はある社長さんの家庭の専属運転手をしています」
「なるほど」
「奥様やお子様の運転手です。社長さんには別の運転手がいますので」
「収入はどれほどですか?」
「いろいろプラスアルファ―もあって、月に約二十八万円くらいです。でも、学校が長期休みに入ると、その月の収入はゼロです」

彼は苦笑いをしながら、右手の親指と人差し指で輪を作った。

「では、二ヶ月くらいはゼロと考えると、二十八掛ける十で二百八十万ですね」
「はい」
「ご結婚は?」
「まだです」
「お一人ならば生活出来るのではないですか?」
「でも、結婚を考えている相手がいまして……」
「そうなんですか? いつ頃のご予定とか?」
「来年ぐらいに」
「そうですか」
「しかも、今の契約が来年の三月までなんです」
「その後は?」
「別の仕事を探そうと思っています」
「まだ決まっていないわけですね」
「はい」

肩を落として俯いた。このままでは、もうすぐ収入を得る手段がなくなる、彼のお金に対する心配は深刻だった。

「市川さんは、会社勤めは得意じゃないですね」
「はい」
「人に指図されたくない、自由に生きたいタイプですもんね」
「そうです」
「お金よりも理想に生きるって感じですね」
「まあ、理想だけじゃ生きていけないんですけども……」

腕を組んで俯く。その様子から、自分自身に対する自信のなさが伺える。零美は命式を観ながら彼に提案した。

「市川さんは、文章を書くのがお好きじゃないですか?」
「文章書くのは好きです」
「ですよね。文才がありますから」
「そうですか」
「はい。言葉に関する感覚が鋭いように思います」
「それはありがとうございます」
「想像力も豊かですしね」
「妄想力って感じですが」自虐的に笑う。

「文章を書く事を仕事にしたらいかがですか?」
「小説家って事ですか?」
「はい」
「僕になれますかね?」
「なれますよ」

零美は自信ありげに言い切った。人は、自信たっぷりに言われると信じたくなるものである。特に彼のような、普段から自信がない人間には効果的なのだ。

「今までに書いた事はないんですか、小説を」
「ないです。俳句とか短歌、詩のような短いものは好きですけど、小説となったら結構大変な気がして……」
「短編やショートショートってあるじゃないですか」
「はい」
「まずは短い物語を書いてみたらいかがでしょう」
「そうですね」
「妄想は得意じゃないですか?」
「ははは。妄想ばっかりですよ、毎日」
「それを文字にするんです」
「頭の中はいつもごちゃごちゃですけど」
「せっかく頭の中で言葉が生産されているのに、それをお金に変えないのは勿体ないですよ」

そう言って、急に思い立ったように立ち上がり、奥の部屋から一冊の本を持ってきて「これ、読んでみませんか」と手渡した。

「これは?」
「私の夫の本です」
「ご主人は作家さんですか?」
「はい。それは彼の短編集です」

渡された本のページをパラパラとめくってみた。

「面白そうですね」
「面白いですよ」
「これ、お借りしてもいいんですか?」
「差し上げます。どうぞお読みになって、参考になさってください」
「ありがとうございます。是非、読ませていただきます」

彼は大事そうに本をバッグにしまった。

「先生、僕は小説家になれますか?」
「なれます」
「本当ですか?」
「はい」

疑り深い彼も、自信に溢れた零美の目に洗脳されたようだった。人は誰でも才能がある。それに早く気づけるかどうかが問題なのである。それを自分で見つけられずに、見当違いの人生を送るのは勿体ない。

確かに彼には文才がある。そしてそれをお金に変える運を持っている。ただそれに今まで気づかず、あるいは薄々気づいていても、信じきれなかっただけなのだ。

ゴールは簡単ではないかも知れないが、スタートしなくてはゴールに到達しない。占い師は、その背中を押してあげるだけなのである。

零美は、人の才能を見抜く才能が自分にあると信じている。事実、言われた通りにやって成功した人を何人も見てきた。今回も、成功するに違いない、あるいは、成功したという事例を増やしたいのだ。彼の笑顔を見ながらそう思っていた。

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