第84話「勉強しない息子に悩む母」

「息子の事で相談があります」と、昨日の電話で今日の予約を取っていたその女性は、平日の午前中にやってきた。ベージュのブラウスの上に水色のカーディガンを羽織り、青のスカートという出で立ちの彼女は、見たところ四十代半ばであろうか。

「ご予約の池田悦子さんですね。お待ちしておりました」と言うと「お世話になります。よろしくお願いします」と深々と頭を下げた。話し方も動作もゆっくりとしていて、性格的にはおとなしめの印象だった。

テーブル席に案内すると、零美は「コーヒーと紅茶とどちらがお好きですか?」と尋ねた。紅茶と答えるのではと予想したが、それは外れてコーヒーだった。

紅茶はリラックス効果が期待できる。そういう点から、「おとなしめの人は紅茶好き」というイメージが零美にはあったのだ。飲み物で人を判断するのはまだまだ難しいと感じた。

それでも、大のコーヒー党である零美にとって、コーヒーをチョイスしてもらったのは嬉しかった。こだわりの豆を自分も一緒に堪能できるからだ。

淹れたてのコーヒーにチョコレートを添えて彼女の目の前に置いた。「ありがとうございます」と頭を下げた。それがまた、時間をかけた丁寧なお辞儀だった。

「池田さんのお悩みは、息子さんでしたね」
「はい。中学三年生になります」
「では、受験生ですね」
「そうなんです。でも、なかなか勉強しなくて困っているんです」

切れ長の目を細めて、眉毛を八の字にして困ったような顔を作った。零美は彼女に紙とペンを渡し、息子の名前と生年月日を書いてもらった。それをパソコンに入力して命式を出し、プリントアウトしたものをテーブルに置いた。

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「これが息子さん、翔平さんの命式です」
「命式ってなんですか?」
「命式とは、生まれた年、月、日、時刻を基に作成される、四つの柱と八つの文字です。これらから、人の運命を推し量るのが四柱推命なんです」
「なるほど」
「翔平さんは頭の良い方ですね」
「はい。元々は出来る子なんです。でも、今はゲームばっかりやってて、宿題しながらタブレットでゲームやっているんですよ」
「それはそれは。器用と言えば器用ですね」
「集中しないと頭に残りませんよね?」
「それはわからないんですけど……。翔平さんは、頭ごなしに言われるのは好きじゃないというタイプです」
「まあ、確かに。言っても聞きませんし」
「自分は天才だと思っているんですよ」
「それは彼がよく言う言葉です」
「自信家なんですね」
「どこに根拠があるのか理解できないんですけども」
「好きな食べ物は先に食べますか、それとも最後まで残しておきますか?」
「先に食べるタイプですね」
「翔平さんは、未来の事よりも今現在が大切なんですよ。今が楽しいのかどうなのか、今が幸せなのかどうなのか、です」
「はい」
「将来なりたい職業とかは?」
「進路希望の紙には、漠然と医療関係って書いています。一年生の時は医者って明確にしてましたけどね」
「すごいですね、医者って」
「昨年亡くなったおじいちゃんが医者だったんです。小学校の時に作文で、おじいちゃんのような立派な医者になりたいって書いていました」
「それはおじいちゃんは喜ばれたでしょうね」
「はい。父は娘が三人だったので、男の子の孫が生まれたのが嬉しかったようです。孫の学資にとお金を遺してくれましたし……。父のためにも医者になってほしいと思っているのですが、今のままでは難しいかなと思います」

下を向いて目を瞑りながら、唇を噛み締めていた。無念さが伝わってくる。

「親の心子知らず、ですね」
「はい。通信教育にも何万とお金を掛けていますが、教材用のタブレットが勉強ではなくゲーム用になってしまいました」
「通信教育でも東大受かる人はいますもんね」
「はい。私も子どもの頃にやっていたものですから。やり方によってはすごくいいと思って、幼稚園の頃から入っているんですが、中学に入って部活と両立出来るかと思って、最初の頃は真面目にやっていたんですけどね。段々とゲームが多くなっていって……」
「思春期で反抗期ですかね。親の言う事を聞かないんでしょうね」
「そうですね。自分で気づいてやるかなと思っているんですけど、なかなか……」

諦めの境地のようである。大多数の家庭が同じような感じなのだろうと思った。

「塾の方が強制的に勉強するんでしょうね。高くなるでしょうが」
「そうですよね。そう思って、塾に通わせようと思っているんです。もう部活も終わりましたから」
「息子さんは塾には行きたいと思っているんですか?」
「はい。学年トップの子が行っている塾に申し込んできました。本人もやる気になってます」
「翔平さんの場合は、元々の素地は良いのですが、勉強の仕方がわからないのではないかと思うんです。塾の先生はプロですからね。プロに教わった方が良いと思いますよ」
「はい」
「元々、素直で人の言う事を信じやすい人なんですよ。だから、もっともっと勉強が出来る子と付き合うのが良いと思います」
「確かに。今までは、周りのみんながやってないからって安心していたようですが、やっている子はちゃんとやっていますもんね。そういう子と付き合ってもらいたいです」
「やれば出来る人ですから、見放さないであげてください」
「はい。宥めすかしながら頑張ってみます」

そうして、再び深々とお辞儀をして帰っていった。彼女の息子の場合、恵まれた環境すぎてハングリー精神がないのかも知れない。貧乏ならば這い上がろうと努力するのだろうが、与えられすぎると却って目標を持ちづらいのだろう。人をやる気にさせる事は難しいものだと零美は考えていた。

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