第85話「結婚と仕事で悩む女」

平日の夕方遅く、その女性は上下グレーのパンツスーツで現れた。赤いフレームのメガネをかけ、長い髪をまとめた首のラインが艶やかだ。出来る女という表現が似合っている。メガネの奥の大きな瞳が気の強さを強調していた。

「石垣いずみさんですね」
「はい。すいません、仕事が延びて遅くなりましたがよろしくお願いします」
「時間は大丈夫ですからお気になさらず。さあ、こちらへ」

テーブル席に案内した零美は、カウンターでコーヒーを準備する。カウンター越しに「その紙に、ご自分のお名前と生年月日、相性の場合は相手の方の名前と生年月日もお願いします」と声をかけた。彼女は、微笑みながら黙って頷いた。

零美は書かれた紙を受け取ると、彼女ともう一人の男性の生年月日から命式を出し、プリントアウトするついでに、淹れたてのコーヒーを持ってテーブル席に着いた。

「どうぞ」とコーヒーを差し出すと、「ありがとうございます」と頭を下げ、ブラックのままゴクリと飲んだ。イメージ通り、砂糖やミルクは使わなかった。

「今日のご相談は、こちらの丸山泰也さんとの相性でしょうか?」
「はい。実は彼から結婚してほしいと言われまして……」
「それはそれは、おめでとうございます」

軽く微笑んでお辞儀をした。離婚の相談よりも、結婚の相談の方が気が楽である。

「それが、あまりおめでたくないって言うか……」
「えっ、どうしてですか?」

「彼が今度、九州の実家の仕事を手伝う事になって。それで、結婚して一緒に九州に行ってほしいと言われたんです」
「なるほど」

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「会社で大きな仕事も任せられるようになって、今の仕事にやりがいを感じているんです。私が辞めたら会社に迷惑がかかりますし、今までのキャリアを捨てる事になります」

彼女は深い落胆の色を見せた。愛する人との結婚と、やりがいのある仕事、どちらを選ぶべきなのか悩んでいるのだ。そして彼女は「どうしたら良いかわからないんです」と言って、メガネを外した後、両手で顔を覆った。

短い嗚咽を繰り返しながら肩を震わせている。深い深い哀しみが体全体を覆っている。愛する人との結婚は、女としての喜びに他ならない。しかし、仕事で得られる充足感や誇りは、一人の人間としての喜びなのだ。

仕事を辞め、九州の彼の実家に嫁いだ後でも、仕事を見つける事は出来るだろう。しかし、今と同じような給料を得る事や、大きな仕事を任せられる事によって得られる、誇りや満足感は保証できない。

彼女の命式を観ると、とても男性的な内面を持っている。結婚して家庭に収まるような女性ではない。上昇志向が強く、男に負けたくないという意識が強い。そんな彼女だからこそ、今のような責任ある立場を任されて自尊心が満たされた。

彼の命式を観ると、こだわりが強く、自分のルールを相手に強要するところがある。おそらく彼の常識では、妻は家庭に入るべき、だろう。しかし、彼女は家庭でじっとしているような女性ではない。遅かれ早かれ、この二人は長続きしそうにない、零美はそう思った。

「あのう……」少し落ち着いた彼女に声をかけた。
「彼とはケンカが多くないですか?」

「……そうですね。よくケンカします」
「彼はかなり、自己主張が強いのではありませんか?」

「はい。目的意識が強いです。いつも目標を高く設定しています。信念が強いというか、一度決めた事は最後までやり遂げます。そういうところはとても尊敬しています」
「なるほど。お二人はとても似ているんですね。石垣さんと彼は、上司と部下という関係なら上手くいくのですが、夫婦とは少し違うかも知れません」

「夫婦になると上手くいかない……と?」
「そうですね。石垣さんは対等に見てほしいと思っていますが、彼は、言い方は悪いですが、人を見下すところがあります。従順な女性なら良いのですが、石垣さんは強い女性なので、どうしても衝突してしまいます」

「なるほど」
「ですから、もし会社を辞めて結婚したとしても、後で後悔するかも知れません」

彼女は、ソファーにもたれかかって、黙って天井を見つめた。大きな瞳で何度も瞬きを繰り返しながら、頭の中で考えを巡らせているようだった。そして結論に至ったのか、重い口を開いた。

「実は、心の半分では、プロポーズを断ろうと思っていました。だけどなかなか決心がつかなくて……。もう三十を目の前にして、周りはどんどん結婚していくので焦っていたんです」
「あなたに相応しい人が、この先きっと現れますよ。後悔を抱えたまま結婚しても、彼に対して失礼になりますからね」

彼女は「そうですね」と頷いた。結局、彼のプロポーズは断る事にしたようだ。大きな悩みを解決して、すっかり楽になった彼女は、す―っと息を吸って「頑張ります!」と声を張った。

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