第89話「太陽のような男」

平日の夕方にやってきた男性は、紺のスーツに赤いネクタイをした若いサラリーマンだった。真新しい革靴がフレッシュさを感じさせる。

「ご予約の清田耕平さんですね」
「はい。今日はよろしくお願いします」

深々と頭を下げた。謙虚さと誠実さが伝わってくる。短い髪が学生時代に体育会系だった事を想像させた。テーブル席へと案内され、控えめに端に座った。長い足を窮屈そうに折り畳んでいる。

零美に「コーヒーでもいかがですか?」と尋ねられると、立ち上がって「ありがとうございます。よろしくお願いします」と再び頭を下げた。テーブルに頭がつくかと思うぐらい丁寧なお辞儀だった。零美にはその様子が微笑ましく、笑いだしそうになって口を押さえた。

「そこの紙に清田さんの名前と生年月日を書いてもらえませんか」と豆を挽きながら声をかけた。「わかりました」と、今度は座ったまま声を張った。大きな体を折り曲げて、窮屈そうに文字を書いている。

「書きました!」と言って背筋を伸ばした彼は、高々とその紙を掲げていた。忠犬が飼い主に褒めてもらおうと尻尾を振っているかのような感じに見えた。犬タイプ猫タイプのどちらかに分類するとすれば、間違いなく犬派だろう。

犬は甘党なのだろうか。甘党ならばチョコレートを多めにしてあげたい。しかし、猫の方が甘党な気がする。そんな考えを巡らしながら、とりあえずチョコレートを二個加えてテーブルに運んだ。

「ありがとうございます!」と、座ったままテーブルに頭を打ちつけるかと思うぐらいのお辞儀をした。その丁寧さにはそろそろ食傷気味だが、悪気がないのだから仕方がない。

そして彼がコーヒーカップを右手で口まで運ぶと、一口で半分くらいなくなってしまった。イギリス電気機器メーカーの掃除機を思わせる飲みっぷりだった。少しずつ楽しみながら飲むタイプではない。

ここまでの彼の言動から、おおよその命式の見当をつけていたのだが、実際に彼の生年月日から出してみると、意外な特徴が出てきた。その命式をプリントアウトして、テーブルに置いてから話を始める。

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「清田さんが知りたい事は何ですか?」
「はい。実はですね、会社で私のデスクの左斜め前に座っている先輩の事が知りたいんです」
「先輩とは、女性ですか?」
「はい。私の教育係で、二つ年上の先輩です。どうも僕が思うに、先輩は僕の事が好きなんじゃないかなって思うんですよね」
「それはどうしてですか?」
「いや、僕を見る目だとか、話し方だとか、距離感なんかが、他の人とは違う気がするんですよ」

真っ直ぐに相手の目を見て話す彼は、とても正直者である。先輩に対する印象も、間違いなく彼が素直に感じた事を言っているだけだ。ただ彼は、自分に都合良く解釈する癖がある。そしてそれを真実だと思い込めるのだ。

これは時として長所にもなるだろうし、短所にもなり得る。よく言えばポジティブ思考であるし、悪く言えば思い込みが激しいと言える。

「その方の生年月日はご存知ですか?」
「はい」
「では、ちょっと相性を観てみましょう。ここに書いてもらえますか?」
「はい」

再び、大きな体を窮屈そうに折り曲げて書き始めた。それをパソコンに入力して命式を出し、彼のものと並べて置いた。

「なかなか女性らしい方ですね」
「そうでしょ。すごく優しいんです。僕がわからない事を聞いても、何でも優しく教えてくれるんです」
「まあ、誰にでも優しい方なんですけど」

自分が特別、と思っている彼に釘を刺したつもりだが、どこまでも自分が正しいと信じている彼には届いていないようだった。

「僕との相性はどうですか?」と身を乗り出して尋ねる彼に圧迫感を感じながらも、「相性はいいと思いますよ」と答えた。

「そうですか。ありがとうございます!」

いきなり立ち上がって、また深々とお辞儀をした。相性は良いと言っただけで、彼女が彼に気があるとは言っていないのに。どこまでも都合良く受け止める人である。テーブルにぶつからないように、ゆっくりと腰を下ろす。そういう気遣いは得意のようだ。

「関係性で言えば、彼女があなたを助けてくれる関係ですね」
「そうですか。それはありがたいです。先輩が僕を助けてくれるだなんて。僕の方が先輩を助けてあげたいと思っているのにですね」

顔が満面の笑みである。思っている事がすぐに顔に出るタイプだ。嬉しい時は笑い、悲しい時には泣く。すごくわかりやすい。しかし彼女はちょっとタイプが違う。なかなか本音を出せない人である。きっと彼の事を能天気だと思っているに違いない。

しかし、そんな情報は彼にとっては無用だと思えた。彼は太陽のような人である。太陽は、善人にも悪人にも分け隔てなく暖かい光を注いでくれる。相手が自分を受け入れていようが受け入れていまいが、彼は変わらずに優しくなれる。そんな人だ。

「僕たち結婚したら、幸せになれそうですか?」
「えっ? 結婚ですか?」

唐突な質問に驚いてしまった。彼の頭の中では、既に先輩との甘い結婚生活が繰り広げられているようだ。

「そうですね。でも、先輩の気持ちはまだ聞いていないんですよね?」
「はい」
「この先輩はなかなか難しいですよ。思っている事と口に出す事が違いますからね。例えば、もしあなたの事が好きだったとしても、その反対の事を言ったり。また、逆の場合もありますけどね」
「なるほど。でもいいんです。僕は気にしませんから」

気にしないのは果たして相手にとってどうなのか。どこまでもマイペースな彼だが、この先輩との組み合わせは悪くないように思えた。

彼はもう満足したようで、意気揚々と帰っていった。今後、先輩との関係が進展するのかどうなのか気になるところだが、それは確かめようがない。一度、先輩の本音を聞いてみたいと思う零美だった。

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