「あのう、予約してなかったんですけど、いいですか?」
申し訳なさそうな顔で入り口に立っていたのは、細面の顔にメガネをかけた、細身で長身の若い男性だった。ゆっくりと時間が流れる日曜日の午後が、この上なく似合う人だった。
「大丈夫ですよ。奥へどうぞ」と招き入れると、軽くお辞儀をして中に進んだ。指定されたソファーに座ると、所在なさそうに辺りを見回していた。
「今日は、どんな事が気になるんでしょうか?」
「実は僕、好きな人がいるんです」
「そうですか。では、その人との相性が知りたいわけですね?」
「まあ、そうです……」
恥ずかしそうに、右手で頭をかいた。
「では、この紙に、お二人の名前と生年月日をそれぞれ書いていただけますか?」
「はい」
男性の割には、几帳面な字を書く。性格の細かさが読みとれる。その間に、彼の分と自分の分のコーヒーを用意する。彼が書き上げた紙を見ながら、パソコンで二人の命式を出した。そしてプリントアウトした紙をテーブルに広げ、その横にコーヒーを置いた。
実は、この命式を見たのは初めてではなかった。男性の名前は石川慎吾、女性の名前は緑山百合。以前にここにやってきたのは彼女の方だった。幼馴染みの彼と彼女、彼女は彼の気持ちを知っているが、彼は彼女の気持ちを知らない。
彼は片想いだと思い込んでいるが、実は彼女も彼の事が好きなのだ。彼女は彼の気持ちに気づいているのだが、彼は彼女の気持ちには気づかない。恋愛に奥手の彼は、自分の思いを彼女に告げる事が出来ないでいる。彼女の悩みはまさに、彼が告白してくれない事だった。
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「お二人の関係は?」
「幼馴染みの同級生です」
「お二人は似ている部分が多いですね。そんな感じしませんか?」
「そうですね、ははは」
似ていると言われたのが気恥ずかしかったのか、照れ笑いを浮かべた。言葉数は少ないが、彼は素直で正直者である。思っている事がすぐに顔に出てしまう。逆に彼女の方は、感情を出さないように抑えている。彼女が素の自分を出せるのは、彼の前だけなのだろうと零美は思った。
「彼女は、感情を抑えるタイプなんですよね」
「確かに、そうです。第一印象で損しやすいと思います。それがもったいないんですけど……」
まるで、タレントを売り込むマネージャーのようである。彼女の良さを知ってもらいたいという思いが伝わってくる。
「お二人とも真面目で純粋ですよね」
「まあ、ははは」
「石川さんは、頭の中でいろいろと考えるタイプですね」
「はい。いつもごちゃごちゃと考えています」
「理論的思考が得意で、何でもまずは計画を立てる感じですかね」
「そうです。まさにその通りで、目標のゴールに到達するまでの、手段や方法を考えるのが好きです。まだ見ぬ未来を予測する事とか」
嬉々とした表情で話す彼を見て、周囲の人には理解されにくい事を言い当ててもらった喜びが伝わってきた。ごちゃごちゃと頭の中で考えると言うのは、一般的には短所として捉えられ、本人もコンプレックスに思っているはずである。
彼とて改善したいと思っているのだろうが、一方で、そういう自分を愛おしく思っている。自分の個性として受け入れているのだ。そういう所が、人の欠点に対しても優しくなれる要因なのだろう。
「彼女はと言うと、感受性が鋭くて人の心を見抜いてしまう所がありますね」
「はい。直感が鋭いと思います」
「その分、傷つきやすいんですね。外見ではわかりにくいですが、内面ではいろいろと心を痛めていると思います」
「そうなんですか……」
傷つきやすいと言った事で、少し動揺したようだ。何と言っても、彼には後ろめたい計画があるからだった。友人に頼んで彼女に告白してもらい、その後に彼女を振ってもらう。そして傷ついた彼女を彼が慰める事で、二人の仲をぐっと縮めるという作戦である。
傷つきやすい彼女をわざと傷つけようとしている、その事に気づいて、激しい自己嫌悪に陥っている事だろう。実は彼女が、その作戦を既に見抜いている事も知らずに……。
「お二人の相性は良いですよ。魂の結びつきが強いです」
「魂の結びつきですか?」
「はい。魂の結びつきが弱いと、別れようと思えば簡単に別れてしまいますが、魂の結びつきが強いと、別れたくても別れられない関係になります」
「そうですか。離れられない……」
離れられないと聞いて、少し考えてしまったようだ。そんなに深刻に捉えなくても良いのだけれど、彼は想像をどんどん飛躍させていくタイプなので、離れられない事のデメリットを考えているのだろう。そう思うと、零美は少しおかしくなって、笑いそうになるのを堪えた。
「まあ、とにかくですね、あなたと彼女は、お互いの足りない所を補い合う相互補完の関係なので、パートナーとしての相性はとても良いです。思い切って告白してみてはいかがですか?」
「えっ? 告白ですか?」
「はい。ずっと片想いだったわけでしょ?」
「ええ、まあ……」
「案外、彼女もあなたの事が好きなんじゃないかな、と思いますよ。私が思うに」
「そうなんですか。そうだったら嬉しいんですけど」
相性が良いと言われて嬉しくなった彼は、すぐにその思いが顔に出ていた。彼には肯定的な言葉が必要だ。すぐにマイナスに捉えてしまう癖があるからだ。
「頑張ってくださいね。応援していますから」
「ありがとうございます」
来た時よりも気が楽になったようで、穏やかな顔で帰っていった。爽やかな若い二人の未来がどうなるのか、彼の計画通りにいくのか、彼女の思惑通りにいくのか、早く結果を知りたいと思う零美だった。
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