第98話「子どものために離婚したくない女」

瞳が大きくてまつ毛の長いその女性は、基本的に美形と言って問題ないのだが、上背がモデル並みに高い割には痩せすぎていた。四十を少し超えたぐらいだろうか。痩せているおかげで両頬がこけ、白いブラウスから見える腕が木の枝のように細いため、せっかくの美しさが半減していた。

ドアを開けて何も言わずに立っている彼女に、「ご予約してくださった金城愛花さんですよね?」と確認すると、黙ったまま少しだけ頭を下げた。昼間なのに、冷たくひんやりとした空気が漂っている感じがしたが、強い気持ちで「こちらへどうぞ」とテーブルへ案内した。

その様子を覗いていた和彦には、実際は太ってはいないはずの零美が、彼女と並んでいるおかげで、相対的にふくよかに見えた。さらには、敏感すぎる零美と同じくらいの感情の刃が、彼女の体から放射されているかのように感じられた。それは、彼女が男性に対して強い警戒心を持っている事を物語っていた。

席に着いた彼女は、ぎこちない笑顔を作ろうとしている。それは、相手に対するサービス精神ではなく、あくまでも自分を守るためのものだった。「私を傷つけないで」という心の叫びが作り出す、無意識の仕草なのだ。

彼女のような人には、心を温めるホットココアを出してあげたい所なのだが、コーヒーが何より好きという波動を彼女から受け取っていたために、せめてとっておきの豆で作ってあげようと思った。

せめてもの心遣いで、コーヒーカップの横にチョコレートを一つ余計に添えて出した。彼女は黙ってお辞儀をすると、コーヒーカップを口に近づけて一口飲んだ。

「美味しいです」

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初めて発した言葉と共に、ぎこちなかった笑顔が自然になったのが嬉しかったので、「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げた。

「金城さんのご相談は何でしょうか?」
「あっ、はい。あの……」

彼女は、初めて会う人と話をするのは苦手のようだ。特に男性なら尚更だろう。いや、もし男性の占い師なら、訪ねてくる事すらしなかったのでないか。また、男性に限らず、権威ある存在に対して苦手意識があるようだ。占い師も時に、先生と呼ばれる存在だ。

零美は、彼女の気持ちを尊重し、彼女が話しやすくなるまで待つ事にした。人は、信頼している人に対しては誰でも饒舌になれる。いかに早く信頼関係を築くか。そのためには、相手のしてほしい事を見抜く事である。

彼女は、穏やかな心地良い空間を求めていた。おそらく彼女は、子どもの頃に厳しく躾けられたのだろう。権威ある厳格な父親の言動が、今の彼女を創り上げてしまったと推測される。

年齢は、零美の一回りほど上のようだが、母親のような愛情を注いであげなければいけないと思い、穏やかな眼差しを向けながら待つ事にした。しばらく見つめ合った後、彼女の重い口が開かれた。

「実は今、夫と別居中なのですが、離婚するかどうかで悩んでいるのです」
「お子様はいらっしゃるのですか?」
「はい。小学二年生の男の子がいまして、夫の実家にいます」
「そうしますと、金城さんは今、お一人でお住まいですか?」
「いえ、私は仕事をしていませんので、実家の両親と三人で暮らしています」
「失礼ですが、お父さんは、かなり厳しい方ではありませんか?」
「はい。子どもの頃はよく、押し入れに閉じ込められました」
「そうですか……」

とりあえず、彼女に夫と自分の生年月日を書いてもらい、それを基に二人の命式を出した。想像した通り、彼女は感受性が敏感で自我が弱い。自力で運命を切り開く事が難しく、誰かに庇護されて生きていかざるを得ないだろう。一方、夫は自我が強く、相手を思い通りにコントロールしたい欲望が強い。

両親から正しい愛を受ける事が出来なかった人は、愛する方法を知らない場合が多い。人は、自分が経験した事しか出来ないのである。愛される方法を学ばずに育った人が、夫から上手に愛される事は難しい。

夫から思うように愛される事が出来ず、また愛し方も知らずに飛び出した彼女は、自分を精神的に追い詰めた父のいる実家に戻らなければならなくなった。経済的理由が大きいのだろうが、夫のいる自宅と父親のいる実家、どちらが彼女の居るべき場所なのか。

「ご主人とは、性格の不一致ですか?」
「そうですね、夫は社交的で友人も多く、私はその逆です。仕事は飲食店を経営しているのですが、私は客商売が苦手なのに、人件費の削減だからと手伝わされて、それがストレスになりました」

おそらく、彼女の実家は裕福なのだろう。子どもの頃は、経済的な苦労はしていなかったはずだ。それゆえ、自分が働いてお金を稼ぐという発想は持っていなかったのだろう。たとえ自分を愛してくれない人の下であっても、誰かに養われて生きていかざるを得ない彼女のジレンマを想像すると辛い。

「ご主人は、基本的に良い人だと思います。ただ、相手の心の機微に鈍感な所が残念ですね。何気なくあなたを傷つける言動をしてしまうのですが、決して悪気はないのです」
「そうですね。それは私もわかります。悪気はないんだろうなあって」
「実際の所、離婚したい気持ちとしたくない気持ちは、半々くらいですか?」
「はい。子どもの事を考えると離婚したくないです。彼の実家にしてみれば大事な跡取りなので、絶対に渡したくないでしょうし」
「ですよねえ。子どものために離婚しないって人も多いですからね」
「はい……」

下を向いた彼女の目には、涙がたくさん溜まっていた。今にも零れそうな涙を必死に堪えている。女は弱くても母になると強い。彼女は、子どものために離婚したくはないのだ。

「本心は、離婚したくはないんですね」

零美の言葉に、堰き止められていた力が外れて、堪えていた哀しみが、涙と一緒に吐き出されてきた。爆発した感情はコントロールされる術を知らず、言葉にならない音は嗚咽として放流された。

我が事よりも、子どもへの愛情が優先される母としての姿と、愛されたいともがく一人の人間としての姿。どちらも彼女の偽らざる真実の姿である。二つの立場の間で揺れる思いが、普段は決して人には見せない感情的な女を創り出していた。

どんな人でも、時には感情を表に出さないといけない時がある。たとえそれで、周りの人に迷惑がかかっても、自分を取り戻す時間が必要なのだ。時には叫びたくなる衝動を抑えている零美は、彼女に自分の姿を重ね合わせていた。

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