第10話「衝動に駆られる女」

土曜日の午後、その少女は店にやってきた。身長は約百六十センチほどで、髪はショートカット、銀縁のメガネの奥に光る切れ長の瞳が、知的な雰囲気を醸し出していた。

「予約していた上川いくみです」
「お待ちしていました。どうぞ」

軽くお辞儀をして、テーブル席のソファーに座った。零美はカウンター越しに声をかけた。

「カルピスなんて飲みますか?」
「はい。いただきます」

まだ高校生の彼女には、カルピスがお似合いだろうと思いながら、もしかしたら大人のコーヒーを好みそうな雰囲気もあったので、念のために聞いてみた。

高校二年生だと言う彼女は、普通の女子高生から感じられるエネルギーとは異質なものを発していた。高校一年生は新生活に対する緊張があり、高校三年生は受験に対するストレスがある。高校二年生はそのどちらでもない、自由な世代のような気がするのだが、彼女はちょっと違っていた。

ソファーに座り、じっと前を向いている。その視線の先はただの壁なのだが、彼女の場合は、壁のその先を見ているように感じられた。一体何を見ているのだろうか。

食後のコーヒーを飲み終えていた零美は、彼女に付き合ってカルピスを飲む事にした。グラスには氷を二つずつ入れて、カラコロと音を鳴らしながらテーブルへと運んだ。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

無表情のままお辞儀をした。その後はまた、真っすぐ前を向いている。零美はいつも、相談者の斜め前に座るため、彼女の横顔を見つめているといった感じだ。そんな異様な状況に戸惑いながらも、平静を装って尋ねてみた。

「上川さんの気になる事って何でしょうか?」
「はい。見ての通り、私は他の人と違っている気がして。これは生まれつきの性格に依るものなのかなと疑問に思いまして」
「ああ、そうですか……」

自分が変わっているという事は自覚しているようだ。だからと言って彼女の場合は、それによる生き辛さのような、深刻な悩みを抱えているわけではなさそうだ。ただその事象の原因を追求しようとする、ある種の研究者のように見えた。

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「それでは、この紙にお名前と、生年月日を書いていただけますか?」
「はい」

彼女が書き上げた内容を基に命式を割り出し、プリントアウトしてテーブルに置いた。

「上川さんは個性の星が強いので、人真似ではない、オリジナリティーを大事にされますね」
「はい。誰かと同じと言うのはどうも嫌なんです。天邪鬼なんです」
「ちょっと悪い言い方をすると、物事を斜め上から見ていると言うかですね。他の人とは視点が違いますよね?」
「はい。その表現は、私にとっては誉め言葉です」

ここで彼女が初めて笑った。笑ったと言っても、普通の人が想像する笑い方ではない。表情が少し変化した、と言うべきだろう。しかしそれが、零美にとっては笑ったように感じられたのである。

「常に先を見据えている気がするんです」
「それはどういう意味ですか?」
「まだ見ぬものを見つけたいと言うか、発見したいと言うか……」
「それはわかります。私、それって常識でしょって言われるのがすっごく嫌なんです。みんなが昔からやっている事が本当に正しいのか、もっと良いやり方があるんじゃないかって、まず疑ってみたくなるんです」
「なるほど……」

彼女の話に熱が帯びてきた。おそらく普段は無口で、物静かな彼女なのだろうが、自分の関心事になると饒舌になるのは、例外なく誰もが同じである。

彼女がここに来たのは、自分の性格を悩んできたわけではない。自らの行動原理の謎を解き明かしたかった、研究者の性なのだ。世の中のいろんな事象に疑問を持ち、それを解明せずにはいられない衝動、それが彼女の大部分を形成しているのである。

「先生、私、ある衝動に悩まされているんです」
「ある衝動って、何の事ですか?」
「人を殺めたいと言う衝動です」
「えっ?」

突然の衝撃告白に、思わず声が上ずってしまった。こんな可愛らしい女の子から、こんな恐ろしい言葉を聞くとは思わなかった。もし笑いながらこの話をしたのなら、それほど怖さを感じなかっただろうが、表情一つ変えずに淡々と発した言葉だったのが、彼女の話の信憑性を高めていた。

いわゆるサイコパスなら、笑って言いそうな気がする。笑いながら人を殺める事が出来るのがサイコパスだろう。そう考えると、彼女はサイコパスではないのか?

「それは、特定の恨みを持つ人に対してでしょうか?」
「いいえ、そうではないんです。そういう動機ではなくて、ただ何となく、そういう衝動があると言いますか……」

彼女は正直な人間だ。考えてもいない事を言うような人ではない。実際に考えているからこそ、言葉としてアウトプットしているのだ。

しかし零美は、もう一つの可能性を考えていた。頭の良い彼女は、とかく実験しなければ気が済まない。もしかすると、殺人衝動を打ち明ける事で、それを聞かされた人間はどのような言動に出るのかを、検証しているのかも知れない。

彼女の場合、それはいたずらと言う範疇ではなく、どこまでも純粋な実験なのである。あれこれと考えを巡らす零美だったが、正解に辿り着きそうにはなかった。自分は精神科医でもなく、心理学者でもない。無理して付き合う必要などないのだ。

「ごめんなさい。それは精神科医に相談された方が良いかも知れません。私には何とも、解決のしようがありません」
「そうですか……」

そう言った彼女は、静かに鑑定料を払って帰っていった。時に零美は、自分の許容範囲を超えた相談に関しては、勇気を持って断る事にしている。それは自らの精神を守るためであると同時に、相談者の利益を思っての事なのだ。

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