第100話「運が悪い男」

 今にも雨が降りそうな曇天の空を見上げながら、「僕の心も曇り空で、今にも雨が降りそうだよお」と呟く男。彼の名前は西岡譲治。「色男金と力は無かりけり」を地で行くような男だった。

 どこから見ても良い男で、女性なら誰もが格好良いと言うだろう。しかし、残念過ぎるほど運の悪い男で、付き合う女性からはすぐに見限られてしまう。

 大学受験は失敗。高校卒業後、上京して就職するが、その会社が一年後に倒産。その後、ピザ屋のデリバリースタッフとして働くが、バイクで転倒して骨折。

 さらには、バイト仲間に頼まれて十万円を貸すが、翌日には仕事を辞めて音信不通に。彼女が出来ても、次々と起こる不吉な出来事に、不安を感じて逃げてしまう。

 正社員になるために今日も面接に行ったのだが、採用されずに落ち込み、公園で缶コーヒーを飲みながら溜息をつく西岡だった。

「次の面接は三時か……」とスケジュールを確認していると、「泥棒!」と言う叫び声が聞こえた。西岡が振り向くと、初老の男性が倒れている。「大丈夫ですか?」と駆け寄ると、「か、金を盗られた!」と言って走り去る男を指差した。

「任せて!」と西岡は言うと、持っていたカバンを放り投げてひったくり犯を追いかけた。ぐんぐんぐんと加速する。革靴にスーツ姿、これで黒いサングラスでもすれば、人気テレビ番組の撮影かと思われるだろう。

 身長百八十センチでやせ型の西岡、長いストライドで犯人との差を詰めていく。小さい頃から足が速かった西岡は、中学から陸上を始めた。高校時代は四百メートル走で、インターハイにも出場している。

 あともう少しで手が届くというところで、西岡は犯人に飛びついた。周りにいた数人の男性も手伝ってくれて、ようやくひったくり犯を確保した。その後、盗られた男性が、はあはあと息を荒くしながらようやく追いついた。

「はあはあ、ありがとうございます。あなたのお陰で助かりました」
「いやあ、追いつけないかと思いましたが、捕まえることが出来て良かったです」
「あ、あのう、お礼をさせて……」

 その時、西岡は大事なことを思い出した。

「今、何時ですか?」
「もうすぐ二時です」
「やばい! 面接に遅れる!」

 そう言って、男性が持ってきてくれた自分のカバンを受け取り、一目散に駅に向かった。金はないが体力だけはある、二十二歳の西岡。彼は、足だけは自信があった。

 三時からの面接は何とか間に合ったが、結果は不採用とのこと。何の資格もない彼には、なかなか良い仕事が見つからなかった。

 重苦しい気持ちを抱えながら歩いていると、【よろずお悩み解決所】の文字が見えた。「僕の悩みを解決してほしい」という切なる思いを胸に、西岡はドアを開けた。

 出迎えてすぐに、「先生、僕は運が悪いと思いますか?」と尋ねた彼に対し、「どうでしょう。ふふふ」と微笑みを返した零美。

「貧乏神」と何人もの女性に馬鹿にされ、すっかり自信を失くしていた。しかし、目の前にいる美しい女性は、恐らく全てをお見通しだろうに、笑顔で受け入れてくれている。それだけで西岡の心は、天にも昇るかのようだった。

 席に着き、コーヒーを出された西岡は、「ありがとうございます」とお辞儀をした。紙に生年月日を書いて渡すと、零美は素早く命式を出し、彼の前に置いた。

「西岡さんは、自分は運が悪いと思いますか?」
「はい。全くもって運が悪いです」

 即答したことに零美が笑うと、西岡も苦笑いをした。正直であり、素直なところが取り柄だと自負している。

「私はそうは思いませんよ」
「そうですか?」
「はい。逆に、運の強い方だと思っています」
「えーーー? 本当ですか?」
「はい。私は嘘は言いませんから」

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 確かに、嘘を言うような人には見えない。この人が言うなら、自分は運が強いのかなと思えてきた。

「人生って、良いことと悪いことが半々だと思うんです」
「はい」
「だから、もし今まで悪いことが続いてきたとしたら、これからは良いことが起こるはずですよ。そう思いませんか?」
「……そうですね」

 そうかも知れない。今まで悪いことばかりだったから、今度は良いことがあるのかも知れない。そんな気がしてきた。

「私が受けるイメージでは、もうすぐそこに来ている気がするんです」
「すぐそこにとは?」
「良いことがです」
「そうなんですか?」
「はい」
「わかりました。信じます」

 信じる者は救われる。そう信じて、西岡は零美の言うことを信じることにした。「ありがとうございました」と礼を言って、彼は店を出た。

 一週間後のこと。彼はある会社の面接に来ていた。「どうぞ」と呼ばれ、西岡がドアをノックして入ると、見覚えのある人がいた。

「君は、あの時の?」
「あっ! あの時の方、ですね?」

 そこにいたのは、一週間前にカバンをひったくられた男性だった。この男性こそ、都内でスーパーを何店舗も経営する、社長の黒木睦夫だった。

「あの時は本当に助かったよ。一千万円が入っていたからね」
「一千万円ですか?」

 金額の大きさに驚いた。一千万円なんて見たことがない。西岡にとって、これから一生縁があるかどうかわからないお金だ。

「君は、うちの会社に入ってくれるのかね?」
「あっ、えーっと、あの、入れていただけるのなら、ありがたいのですが……」
「よし、君は即採用だ。明日から来てくれ」
「本当ですか? ありがとうございます」

 西岡は、これ以上曲がらないくらいのお辞儀をした。

「ところで君は、独身かね?」
「えっ? はい」
「彼女はいるのかい?」
「いえ、おりません」
「そうか。うちの娘はどうだ?」

 そう言って黒木は、側にいた女性を指差した。若くて可愛らしい彼女は、西岡を見て微笑んでいる。見つめられた西岡は、恥ずかしそうに頭をかいた。夢ではないかと頬をつねってみたが、痛い。どうやら夢ではないようだ。

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投稿日:2019年2月20日 更新日:

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