第17話「愛しすぎた女」

日曜の午後、一組の男女が居たのは、窓から東京タワーが見える高層マンションの一室で、そこには重たい空気が充満していた。二十四時間眠らない東京の街中で、ここだけ時間が止まっていた。

床に横たわる男性と、傍に立ち尽くす女性。背中に包丁が刺さった男性は息をしておらず、女性は噛み締めるように息をしていた。彼女は、起こってしまった事実と、これから選択出来る行動を、冷静に頭の中で分析していた。

やってしまったものは仕方がない。これからどうするかが問題なのだ。考えろ、考えるんだ。

普段から論理的思考を好む彼女は、感情的になって突発的に起こした事件を後悔しながらも、いくつか考えられるこれからの行動予測の中から、最善と思われるものを探した。

そして、一つの結論に到達した彼女は、テーブルの上にあったスマートフォンを手にして、履歴に残っている番号にかけた。

「もしもし、零美先生ですか? 私、三週間前に鑑定していただいた山形姫子と申します」
「ああ、山形さんですね。どうしました?」
「急で申し訳ありませんが、今からお話させていただく事は可能でしょうか?」
「ええ、よろしいですよ。何時になりますか?」
「今から二時間ほどかかります」
「わかりました。お待ちしています」

彼女は電話を切ると、まだ明るいのに、カーテンを閉めてから部屋を出た。そして鍵を閉めると、足早にエレベーターに乗り込んだ。

「こんばんは」

零美の店に着いた時には、もう夕方の五時を回っていた。「どうぞ、お待ちしていました」と挨拶をする零美に誘導されて、彼女は三週間前にも座った席に着いた。

「コーヒーでもいかがですか?」
「あ、はい。いただきます。先生が淹れてくれるコーヒーは美味しいですから」

零美はコーヒーと一緒に、買ってあった小ぶりのシュークリームを添えて出した。

「わあー、シュークリームまでいただいて、良いんですか?」
「昨日買ってきたんですけど、良かったらどうぞ」
「ありがとうございます」

姫子は、零美の優しさが心に響いた。人を殺めた自分を、こんなにも歓迎してくれて優しくしてくれるなんて。やっぱり、すぐに警察に行くんじゃなくて、ここに来て良かったと心底思った。

「先生、三週間前に鑑定してもらいましたけど、まだデータあります?」
「ええ、ありますよ。ちょっと待ってくださいね」

パソコンの中から、彼女と彼の命式を出して彼女に見せた。

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「これがお二人の命式です」
「そうでしたね。これですよね。彼が浮気しているんじゃないかって気になった私が、先生に相談に来たんですもんね」
「まあ確かに、彼はモテる感じですもんね。しかも、年齢差が十六ですか。若い女性から言い寄られたら、なかなか断れる男性は少ないかも知れませんねえ」
「男なんてみんなそうですよね」
「はい。残念ながら、彼もやはり、浮気しやすい人ですねえ」

あと二年で四十になる姫子は、長く仕事一筋でキャリアを積み、社会的成功を収めていた。地位も財産も手に入れた彼女だったが、女性としての幸せからは程遠かった。そんな彼女の心の隙に入り込んできたのが、歌舞伎町でホストをしていた長野耕司だった。

耕司は、数回店に訪れた姫子の心を掴み、彼女のマンションに転がり込んできたのだ。その後はホストを辞め、完全に彼女に寄生状態だった。

たとえ彼が働かないヒモ男だとしても、それでも姫子は良かった。自分の傍に居てくれるだけで良かったのだ。お金だけで繋がっている事は承知していたが、それでも良かった。いつかは、心と心が通じ合えると信じていたからだ。

「先生のおっしゃる通りでした」
「えっ?」
「新しい女が出来たんです」
「彼にですか?」
「はい」
「では、同棲は解消ですか?」
「はい。今日、強制的に解消しました」
「それは、彼を強制的に追い出したって事ですか?」
「いえ、彼はまだ私の家に居ます」
「えっ? どういう意味ですか?」
「強制的にこの世から追い出しました」
「この世から? 追い出した? えっ? それは、もしかして……」

零美は、知的で常識的な考え方をする姫子が、事件を起こすとは到底信じられなかった。まさか、前から計画していたと言うのだろうか?

「そうです。あの世に送りました。もう、先生の前に来ていたりしませんか?」
「あっ……。それは、私の場合、誰とでも話が出来るわけじゃなくて、相性が合うと言うか、波長が合う人しか交信が出来ないみたいで……」
「そうですか。では無理ですね。彼は先生とは合わないでしょうから」

姫子は、表情一つ変えずに淡々と受け答えをしていた。まるで自分のやった事は、日々会社で行なっているルーチンワークであるかのように。

「でも、どうして? まさか、計画していたわけではありませんよね?」
「計画はしていません。突発的なものでした。気がついた時には、もう彼を刺していました」
「そうですか……。これからどうするおつもりですか?」
「自首します」
「それが良いと思います。知り合いの刑事さんがいらっしゃいますから、連絡しますね。私からも、お二人の状況を説明させてもらいます」
「ありがとうございます。先生がお話していただければありがたいです」

零美は和彦に頼んで、川崎刑事に来てもらう事にした。零美にはわかっていた。どうして彼女が直接警察に行かず、まずここに来たのかを。

零美は四柱推命鑑定を通して、姫子と耕司の人間性を知っている。もし頭の良い姫子が、あらかじめ殺人を計画していたとしたら、完全犯罪を狙ったはずである。その事から、これは突発的な犯行だったのだと、零美の口から証言してもらいたかったのだ。

姫子なら、そこまで計算してここに来たはずだ。そう思った零美だったが、その事に関して彼女に問いただす事はしなかった。彼女に同情していたからだ。

「私、あの人を愛しすぎたんです」

それが、パトカーに乗る前に姫子が残した最後の言葉だった。彼女は彼を愛しすぎた。自分だけのものにしたかった。誰にも取られたくなかった。

永遠に自分だけのものにするために、彼女は彼を殺すしかなかった。最後に唇を震わせた姫子の顔が、頭に焼き付いていた零美は、彼女が哀れで仕方なかった。

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