第19話「逃げた男」

普段は晩酌程度しか飲まない宮崎悟は、久しぶりに集まった同窓会で羽目を外してしまった。思ったより飲み過ぎてしまったのだが、もともと酒が強い彼は顔が赤くならないため、一見して酔っているようには見えなかった。

「宮崎、車で来てたよな? 帰りは電車か?」
「ああ、電車で帰る。車は置いといて、明日また取りに来るよ」

友人が心配して声をかけたが、宮崎は電車で帰ると嘘をついた。明日は仕事で車を使うため、どうしても車で帰る必要があったのだ。友人たちと別れた後、少し離れた場所にあるコインパーキングへと向かった。

運転歴二十年、堅物で真面目な性格として周囲から認知されている彼は、今まで一度も法令違反などした事はなかった。ただその日は、運転代行を頼む持ち合わせがなかった事と、自分は酔っていないと言う過信があったため、一度くらい良いのではと自分を納得させた。

車に乗り込んでしばらく走らせてみたが、さほど違和感はなかったので、これはいけるかも知れないと彼は思った。しかし、ここの所忙しくて残業が続いていたため、自分でも知らないうちに疲労は溜まっていた。

彼が運転する高級車は、運転席のシートが体にフィットして乗り心地が良かった。車の往来も少ない郊外の道路は、どこまでも真っ直ぐな道が続いていた。何年も走り慣れた道路は、彼の注意力を散漫にさせた。思ったより速度も出ていたに違いない。

「ドン!」と大きな音が聞こえ、何かに衝突した感触があった。一瞬で凍りついた彼は、嫌な予感を携えて車外に出ると「うわっ!」と思いがけず声が漏れた。倒れていた若い女性が目を見開いたまま、既に絶命しているのは一目でわかった。

本来なら警察に通報すべきなのだが、飲酒運転をしていた事が彼の判断を誤らせた。幸い目撃者はいない。遺体をどこかに埋めてしまえば、事故は発覚しないはずだ。彼は迷わずトランクを開け、その女性を詰め込んで車を発進させた。

平日の夕方、零美の店のドアが開いた。零美がその音に気づいて入り口に駆け付けると、灰色のスーツを着た中年の男性が立っていた。零美の顔を確認すると、彼は黙ってお辞儀をした。そのまま何も言わずに立っているので、思い切って尋ねてみた。

「あのう、ここに何か御用ですか?」
「あっ、いえ、すいません。最近あなたの噂を耳にしまして、どうしても行ってみないといけない気がして、突然ですが今日寄ってみたんです」
「そうですか。良かったら中へどうぞ」

零美には、彼が導かれてきた理由はすぐにわかった。彼のすぐ隣に、居るはずのない女性が視えたからだ。彼女は生前、何度かここに来た事があった。気になる人との相性を観てほしくて度々相談に来ていたのだ。そんな彼女が急に来なくなってから、もう一年が過ぎていた。

今日、彼女が亡くなっていた事を知った。あんなによく来ていた彼女が、急に姿を見せなくなったのは、来たくても来られなかったと言うわけか。零美は、彼女の無念を思うと、今はもう話す事が出来ない彼女の言葉を代弁してやりたくなった。

「コーヒーでもいかがですか?」
「ありがとうございます」

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頭を下げた彼の隣に、彼女は座っていた。彼の方を向いているが、彼は全く気づいていない。生前は、箸が転んでも笑うような笑顔の絶えない女性だったのに、今は表情一つ変えずに彼をじっと見ている。それを視るのが辛くて、コーヒーを淹れながら涙が零れそうになった。

「どうぞ」
「いただきます」

お辞儀をする彼の横に、もう一つコーヒーカップを置いた。湯気が立つそのカップを見ながら、彼は不思議そうな顔をしていた。

「あの……、どうしてもう一つあるんですか?」
「そこにいらっしゃるじゃないですか」
「えっ? 誰が?」
「女性ですよ。あなたがよくご存じの」
「えっ? 何を言っているんですか?」

彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。初めて会った零美におかしな事を言われるのだから仕方なかった。

「覚えていませんか?」
「何をですか?」
「一年前の事です」
「一年前?」
「彼女の名前は大山朋美さん、一年前あなたに殺されました」
「えっ?」

彼の動きが止まった。息をするのも忘れているようだった。

「思い出しましたか?」
「いえ……」

目が泳いでいる。明らかに動揺していた。

「あなたの名前は宮崎悟さんですよね」
「えっ? どうして私の名前を?」
「彼女が教えてくれました」
「彼女が?」

零美が指を差したのは、彼の左横の空間だった。彼は左に顔を向けてみるが、そこには誰もいなかった。

「私、亡くなった人と話が出来るんです」
「えっ?」
「あなたの実家の庭に埋められていると言っています。住所も教えてくれましたよ」
「そんな馬鹿な……」
「神奈川県相模原市……」
「わあーーー!」

大声を上げて両耳を手で塞いだ。自分の名前も実家の住所も知っている。霊と話が出来ると言うのは本当だと認めざるを得なかった。

「どうしますか? 警察に自首しますか? 知り合いの刑事さんに電話しましょうか?」

そう言って、零美がスマートフォンを取り出して電話をかけようとした時、彼は突然立ち上がった。そして「すいません。急に用事を思い出しました。帰ります」と言って足早に入り口に向かい、ドアを開けて外に出た。

そして彼が走り出して数秒後、脇腹に鋭い痛みが走った。思わず左手で押さえたが、どくどくと赤い血が流れて止まらない。思わず膝から崩れ落ち、その場に倒れ込んだ。

目の前を知らない男が叫びながら走っている。後ろから来た警察官数人が取り押さえてもなお、その男は何かを口走っていた。

外の騒ぎを聞いて零美が駆け付けた時には、宮崎悟は既に虫の息だった。その現場から少し離れた場所に、大山朋美が立っているのが視えた。

彼女は、彼の呼吸が止まったのを見届けると、すーっと静かに消えていった。零美は静かに手を合わせ、彼女の魂が天国に行けるようにと祈った。

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