第2話「逃がさない女」

「あら、あなたは……」

その女性は、零美には見覚えのある女性だった。以前、一度相談に訪れた事があったからだ。パソコンを開いて名前を確認すると、確かにあった。

「以前に来られた栗林美奈代さんですよね?」

彼女は黙って頷いた。事情を察した零美は、彼女の話を聞く事にした。

「もしかして、以前お話してくれた彼氏ですか?」

再び、彼女は黙って頷いた。零美は事の重大さを悟って、奥で小説を書いていた和彦に声をかけた。

「和彦さん、ちょっと来て!」

「はいよー!」と軽く返事をした和彦が顔を出した。零美はソファーに座っている。「どうしたの?」と聞くと「ここに座って」と横を指差した。和彦は訝しく思ったが、言われた通りに隣りに座った。

「こちら、栗林美奈代さんです」

テーブルを挟んで対面のソファーを示されたが、そこには誰も座っていない。しかし、和彦にはある記憶が蘇った。零美に呼ばれて相手を紹介された場合、たとえ自分には見えなくても、そこには確かに誰かが居る。

「こ、こんにちは。加賀美和彦です」

とりあえず、目の前に居るであろう女性に挨拶をした。いつもの事ながら、目に見える反応はない。ただそこには、空間が存在するだけだった。

「君の知り合い?」

横の零美に向かって尋ねた。零美はパソコンの画面を指差した。

「この人。以前、付き合っている彼氏のDVで相談に来られたのよ」

パソコンの画面には、彼女の名前と、彼氏の土屋政直の名前があった。

「と言う事は、この人は……」

零美の顔を見ながら、恐る恐る確認した。

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「亡くなった?」
「そう。彼氏に殺されたの」

淡々とした口調で話す零美に比べて、和彦の動揺は尋常ではなかった。心臓の鼓動が耳に聞こえてくるほどだった。

「君はよく落ち着いていられるね」

和彦は口に出してから「ごめん」と謝った。零美だって、落ち着いていられるはずはなかった。しかし、無念の思いで亡くなった彼女の事を想って、努めて冷静を保っていたのだ。

「最悪の場合、こうなるかもって想像はしていたのよ」

零美は下を向きながら話し始めた。

「栗林さんの彼氏は、かなりの焼き餅焼きだったらしいわ。そして、普段は優しいのに、お酒が入ると人が変わってしまうのよ。酔いが覚めると途端に優しくなるので、彼女は別れたくても、なかなか踏ん切りがつかなかったらしいの」
「そうか。そういう男っているよね。ひどい仕打ちをされた後に優しくされると、女性はコロッといっちゃうんだろうね」

和彦は、そう言った後に思わず口を手で塞いだ。目の前に彼女が居る事を完全に忘れていたのだ。申し訳ない気持ちで、そこに居るであろう彼女に向かって頭を下げた。

「彼女は、千葉の山林に埋められているらしいの。川崎刑事に連絡を取ってもらえないかしら」
「わかった」

和彦は店の奥に引っ込んでから、川崎刑事に電話をかけた。

「川崎か? 加賀美だけど。今、電話大丈夫?」
「いいよ。どうしたの?」
「また、あれだよ」
「あれ?」
「見えない訪問者がやってきた」
「見えない訪問者? ああ、あれか」

川﨑刑事は、今までに何度も、この店で不思議な体験をしている。彼も和彦と同様に霊感はないが、零美との関わり合いを通して、目に見えないものに対する理解が深まってきた。

和彦は零美から聞いた内容と、亡くなった栗林美奈代が埋められているであろう詳しい住所を彼に教えた。事の重大さをすぐに理解した川崎刑事は、遺体の捜索を開始する事を約束した。

「ところで、犯人は今どこにいるかわかるか?」
「えっ? ちょっと待ってて」

和彦は電話を置いてから、店にいる零美に尋ねた。

「あのさ、川崎が、彼氏の居場所はわかるかって聞いているんだけど……」

その言葉に零美は振り返り、和彦に向かってこう言った。

「彼なら、もうすぐここに来るわ」
「えっ?」
「どこに逃げたら良いか、方角を聞きに来るらしいわ」
「そうなのか……」

犯人が来ると言われて怖い気もするが、言われた通りに川崎に伝える事にした。

「もうすぐここに来るらしいよ」
「そうか。わかった。じゃあ、すぐにそっちへ行くよ」

電話を終えた和彦が店内を覗くと、入り口で零美が誰かと話していた。二十代後半くらいの背の高い男性だった。零美は彼を招き入れ、テーブル席へと誘導した。おそらく彼に違いないと和彦は確信し、奥からじっと見守る事にした。

「先生、いきなりですいません。先生の噂を聞いて、教えてもらいたい事があって来ました」
「では、こちらにお名前と生年月日を書いてください」

彼の名前は土屋政直、亡くなった彼女の彼氏に間違いない。既に零美のパソコンには、彼のデータが入っているのだが、初めての振りをして彼の命式を出した。

「土屋さんの知りたい事は何でしょうか?」
「実は今度、引っ越ししようと思うんですけど、方角的にはどちらに引っ越した方が良いのかと思いまして」

彼はまだ、警察が事件を把握している事を知らない。遺体が見つからないうちに、どこか遠くへ逃げるつもりなのだ。零美は彼に付き合う事にした。

「あなたにとって吉となる方角は、南西が良いと思います」
「南西ですか」
「はい。ここから南西と言いますと、九州、沖縄。海外ではオーストラリアとかですね」
「オーストラリアですか?」
「はい」

海外までは考えていなかったようで、オーストラリアと言われて驚いた。零美の中では、事件を起こした犯人は、海外へ逃亡するというイメージがあったのだ。しかし、若い彼にはそんなお金はないだろうし、衝動的な殺人だったため、計画性などは全くなかったと思われる。

とにかく、川崎刑事が到着するまでの時間稼ぎに、何とか会話を持たせた。彼は横に、自分が手をかけた彼女が居る事は知らない。黙ったまま、じっと彼を見つめる彼女の姿を、零美は哀しい想いで視ていた。

ようやく、川崎刑事が到着した。彼は、山林に埋めた彼女の遺体が発見された事を知らされると、がっくりとうなだれて観念した。川崎刑事に連れられていく彼の姿を、零美と和彦は見送った。

そして、和彦には見えていなかったが、手錠をかけられて連行される彼を見ながら、口角を少しだけ上げて微笑んでいた彼女の姿が、零美にははっきりと視えていた。

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