第22話「狙われている男」

午後十一時半、一人暮らしの後藤浩司が寝ようかと思って布団に入っていると、アパートのドアをドンッと叩く音がした。ビクッとして飛び起きた後藤は、恐る恐る玄関に近づいて聞き耳を立てた。

「誰かいるのか?」

思い切って声を出したが、返事は返ってこない。恐々とドアスコープを覗いてみたが、外には誰もいなかった。変だなと思いながらも、その日はそのまま床に就いた。

平日の午後、人もまばらな駅のホームで後藤が立っていると、ドンッと押されて危うく線路に落ちそうになった。振り返ると、大きなカバンを担いだ男が数メートル先を歩いていた。あのカバンが当たったのだろうと合点がいった。

映画館でスパイ映画を観た後藤は、家に帰る途中、何度も何度も後ろを振り返った。後ろから誰かに尾行されている気がして仕方なかったのだ。

気のせいかと思いながら歩いていると、曲がり角で危うく自転車にぶつかりそうになった。すんでの所で助かったが、自転車は猛スピードで駆け抜けていった。あのままぶつかっていたら、相当な怪我を負ったかも知れない。

「俺は狙われている」

姿の見えない追跡者の存在に、後藤は心を凍らせていた。

立て続けに起きた奇妙な出来事に不安を感じていた後藤は、人づてに聞いた零美の店を訪ねてきた。

「すいません」

ドアを開け、大きな声で呼びかけると、「はーい」と透き通る声がした。その声は、命の危険にさらされている後藤にとって、一服の清涼剤のように感じられた。

「あの、どちら様でしょうか?」
「あっ、すいません。怪しい者ではありません。後藤と申します。先生の噂を聞きまして、相談したい事があってやってまいりました」
「ああ、そうですか。では、どうぞ中へお入りください」

席に着くなり、後藤は話を切り出した。

「先生、俺、誰かに狙われているみたいなんです」
「えっ? 狙われているって、何をですか?」
「命です」
「命?」

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突然の後藤の告白に、零美は驚いてしまった。命を狙われているのに、何故ここに? と言う素朴な疑問が頭をよぎった。

「それでしたら、まずは警察に行かれてはどうですか?」
「警察は信用出来ません」
「信用出来ないって、どうしてですか?」
「内部に組織との内通者がいるからです」
「組織?」
「はい」
「組織って、何の組織ですか?」
「それはわかりません。多分、何かの組織です」

後藤が何を言っているのか、零美にはさっぱりわからなかった。

「狙われているって、いつからの話ですか?」
「一週間くらい前からです。夜中にアパートの部屋をドンドンッと叩いたり、駅のホームで突き落とされたり、自転車で轢かれそうになったりしました」
「そうですか……。何か狙われるような事をしたんですか? 誰かの秘密を知ってしまったとか、何かの荷物を預かっているだとか……」
「いえ、それは何も思い当たりません。だからこそ怖いんです。理由がわからないので」
「後藤さんは、ミステリーはお好きですか?」
「はい。刑事物のドラマや映画は好きです。あと、スパイ映画とか」
「アメリカのCIA、イギリスのMI6、ソ連のKGBとかですね」
「はい。ああ言うのって、必ず内部に内通者がいるでしょ? だから警察には行けないんです」
「なるほど……」

推理オタクの彼は、現実と虚構の区別がつかなくなっているようだ。偶然に起きた出来事を、いかにも関連性があるように考え、自分が誰かに命を狙われていると言う架空のストーリーを組み立てているのだ。零美はそう考えた。

「日本だったら……」
「内閣情報調査室、略して内調ですね」

零美も実は、こういう話は好きだった。ハリウッドのいくつかのアクションスパイ映画は、全シリーズ欠かさず観ている。KGBのスパイだと思ったら、実はCIAの二重スパイだったとかの、逆転に次ぐ逆転、どんでん返しが好きなのだ。

「思い出してみてください。何か見たり聞いたりした事が、組織にとって大変な問題になったのかも知れませんよ」

そんな事はないだろうと思いながら、後藤の話に乗っかるのも面白そうだと零美は思った。無下に「それはあなたの思い過ごしですよ」とバッサリ切り捨てるのもいかがなものか。

「うーーーーん、そうですねえ……」

必死になって考える後藤。しかし、なかなか思いつかないようだ。それはそうだろう、実際に狙われている訳がないのだから。零美は、心の中でそう突っ込みを入れながら、笑いだしそうになるのを必死で堪えていた。

しかし、いつまでも怯えた生活を送っていては、後藤の精神が疲弊していくだけである。何とか彼を納得させる妙案はないものかと、零美はあれこれと頭を悩ました。

自分が狙われる原因を必死に探ろうとする後藤と、それはあなたの思い過ごしだと言う事をわからせてあげたい零美。二人は黙ったまま、思案を続けていた。

「やっぱりわかりません。もしかしたら、俺の思い過ごしかも知れません」

そう言って、後藤は立ち上がって帰っていった。零美は後藤の後姿を見送りながら、何か納得のいかない不思議な感覚に囚われていた。

しばらくして、後藤は駅のホームに立っていた。どんどんと電車を待つ人が増えてくる中、後藤は、見覚えのある男を見つけて、やっと思い出した。

一週間前に後藤が見たのは、その男が女性を線路に突き落とした瞬間だった。目の前で人が殺される場面を目の当たりにして、ショックで記憶を失っていたのだ。

後藤が思い出した事を確認したその男は、ホームに入ってきた電車の前に後藤を突き落とした。次の瞬間、耳をつんざくような甲高い女の悲鳴が、夕方のホームに鳴り響いた。

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投稿日:2018年12月4日 更新日:

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