第23話「十年目の約束」

喫茶店の奥の席で向かい合う、一組の男女。和田正義はアイスコーヒーを、長谷川七海はホットコーヒーを飲んでいた。高校時代から付き合い始め、別々の大学に進んだ後も何となく付き合っていたが、「大事な話がある」と言って、正義は七海を呼び出していた。

「話って何?」
「ああ、実はさ……。俺、アメリカに行こうと思う」
「えっ? いきなり、何? どうして?」
「うーん、お告げかな?」
「お告げって、何それ?」

少し変わっているとは思っていたが、突然のアメリカ行きには驚いた。

「アメリカに行ってどうするの?」
「とりあえず、英語をマスターする。英語が話せるようになれば、世界が広がるだろ?」
「大学は?」
「休学する」
「英語をマスターしたら、その後は?」
「わかんない。そのままアメリカかも知れないし、日本に帰ってくるかも知れない」

七海は大きな溜息をついた。計画性がなくて行き当たりばったりな性格。今までに何度も振り回されてきた。デートの時も、映画を観に行こうって言ってたのに、急に海に行きたいって言い出したり。感覚人間でいい加減だ。

「じゃあ、私はどうしたら良いの?」
「どうしたらって?」
「正義君が帰ってくるまで、待ってるわけ?」
「うーん、それはさ、どっちでも良いんじゃない?」
「どっちでもって何さ?」
「待ってても良いし、待ってなくても良い」
「何それ……」

こういう所が頭にくる。一体私は何なのだ。私は彼女なのか彼女じゃないのか、はっきりしろ。そう言いたくて口まで出かかったが、七海は口にはしなかった。いい加減だけど、振り回されるけど、そんな正義が大好きなのだ。

「じゃあさ、こうしよう」
「えっ?」
「十年だけ待って。もし十年経っても俺の事が好きだったら、十年後の今日の午後六時、この店で待っててよ。もし違う人を好きになっていたら、ここに来なくて良い。俺もさ、十年経っても好きだったらここに来るし、違う人を好きになったら来ない。それでどう?」
「それでどうって……」

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ぎょろっと大きな目で凝視され、七海は言葉に詰まってしまった。一方的に決められても困ると言いたかった。アメリカなんて行くなと言いたかった。私の傍にずっといろって言いたかった。

でも言えなかった。言うのは恥ずかしいし、言ってもどうせ聞かないと思ったからだ。もう、絶対待っててやるもんかと思いながら、大好きな気持ちは消せなかった。

「わかった。じゃあ、十年後にここでね。来るかどうかは保証できないけど」
「うん。好きな人が出来たら来なくて良いよ。俺も来るかどうかわからないしね」

そう言って笑った顔が眩しかった。格好良かった。でも、七海にはどうする事も出来なかった。

正義はマスターに「十年後もここ、やってますか?」と尋ねた。マスターは「君たちのために頑張って続けるよ」と笑った。店内には、七海たちの他に客はいなかった。

平日の夕方、明日で約束の日を迎えようとしていた七海は、零美の店を訪ねてきた。明日を迎える前に、少しでもアドバイスが欲しかったのだ。

「こんにちは」
「どうも、長谷川七海様ですね。お待ちしていました」

零美がコーヒーを淹れている間に、七海は自分と正義の生年月日を書いた。零美はそれを
基に二人の命式を割り出し、プリントアウトした二枚をテーブルに並べた。

「私たち、どうでしょうか?」

七海は命式を見比べる零美の顔を覗き込むように尋ねた。しばらく考えていた零美は、顔を上げて微笑みながら話し始めた。

「お二人、とても良いですよ」
「相性ですか?」
「はい。精神的結びつきが強いです。別れようと思ってもなかなか別れられないですね」

その言葉は七海の胸に響いた。今までずっと悩んでいた事だった。嫌な所ばかり思い出すのに、どうしても正義の事が忘れられない。いろんな男性と出会って付き合ってみたが、どうしても正義と比べてしまう。結局、正義の事が忘れられなかった。

「正反対の二人ですが、お互いの足りない所を補い合っています。だから、必要とし合うパートナーと言った感じですかね」
「パートナー……」
「はい。ボルトとナットのように、一対になっていると」
「一対……」

私には正義が必要なんだ、七海はそう思った。

「あのう……。明日、十年ぶりに彼と待ち合わせをしているんです。お互い、まだ好きだったら約束の時間に約束の場所に来ると」
「へー、そうなんですか」
「はい。それで、私、行こうかやめようか悩んでいたんです。でも、先生の話を聞いて行こうと決めました」
「そうですか。それは良かった」
「でも、彼が来てくれるかどうかがわからなくて……」
「そうねえ……」
「先生はどう思いますか? 彼は明日、来るでしょうか?」
「うーん……。ちょっとわからないけど、でも、多分来るような気がする」
「そうですか!」
「うん。確信はないけど、多分、来るんじゃないかな。来なかったらごめんね」
「いえ、良いんです。もし来なくても……。彼が来なかったとしても、私は行きます」

七海は決心した。たとえ正義が来なくても良い。それでも行こうと。

約束の日、十年前にも来た喫茶店にやってきた。もうすぐ午後六時になる。高鳴る胸を右手で押さえながらドアを開けた。

「いらっしゃいませ」

少ししわが増えたマスターが声をかけた。マスターもやはり、十年前の約束を覚えていたのだ。七海を見て軽く会釈をすると、奥の席を指差した。

「よお!」

いた。あいつがいた。何で居るのよ、と言いたかったが、言葉は出てこなかった。その代わりに、目から熱いものが零れてきた。

「久しぶりだな。話したい事がいっぱいあるから、まあ座れよ」

正義は、十年前と少しも変わっていなかった。

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