第24話「世界チャンピオンの妻」

朝六時、河川敷を走る須藤光星の後ろから、同級生で幼馴染みの石黒麻奈美が自転車で追いかける。

「光星、頑張れ!」

光星は走りながら右手を上げて、まだまだ大丈夫と言う意思表示をした。二年の時に惜しくも決勝で負けたが、今年こそは日本一になる。強い思いで日々の練習に励んでいた。

麻奈美の家と光星の家は隣同士。親同士も仲が良く、家族ぐるみで旅行に行く程の間柄だ。中学時代は陸上部で、高校に入ってボクシングを始めた光星は、徐々に頭角を現して全国に名を轟かす程になった。

可愛くて愛嬌のある麻奈美は、誰からも好かれる学校のアイドルだったが、兄妹のように仲が良い光星との関係は、割って入れない程密接だった。二人は、誰もが認めるお似合いのカップルだった。

ランニングが終わり、荒い息を整えながら光星は、自転車から降りた麻奈美に向かってこう言った。

「俺、必ず世界チャンピオンになるから、そしたら結婚してくれ」

光星の真剣な表情に、麻奈美はニコニコ顔で答えた。

「うん。いいよ」

念願の高校日本一になった光星は、高校卒業と同時にプロデビュー。地道な努力を続けた結果、遂に世界チャンピオンになった。約束通り、光星は麻奈美にプロポーズした。麻奈美もそれを受け入れ、二人は結婚。このまま順当な人生になると思われた。

しかし、光星は五度目の防衛戦に敗れて、王座を陥落。その後、引退を発表した。

日曜の午後、麻奈美の足は零美の店に向かっていた。大きなお腹での外出は大変だが、夫の一大決心を妻として支えたい、そんな思いが強かった。

「こんにちは」

やっとの思いで辿り着いた麻奈美は、ドアを開けて声をかけた。

「はーい」

心地良い返事と共に、零美が入り口に駆け付けた。大きなお腹の麻奈美を見た零美は、大きな瞳をさらに大きくした。

「暑くて大変だったでしょう。さあさあどうぞ、中は涼しいですから」

額に玉の汗を見せている麻奈美を気遣い、背中に手を添えて席へと案内した。

「ありがとうございます」

ようやく腰を下ろした麻奈美は、軽く頭を下げてお礼を言った。

「お腹のお子様は何か月ですか?」
「今、九か月です」
「えー? もうすぐじゃないですか。暑いから大変ですよね」
「はい」
「冷たいカルピスなんていかがですか?」

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暑そうな麻奈美に、カウンターから声をかけた。「いただきます」と微笑んだ麻奈美に対し、零美も優しい微笑みを返した。夫の運勢が知りたいと電話で聞いていた零美は、カウンター越しに「その紙に、須藤さんご夫妻のお名前と生年月日を書いてください」と言った。

麻奈美は「わかりました」と答え、持っていたハンカチを置いて左手で書き始めた。零美は氷の音を鳴らしながら、麻奈美と自分のグラスをテーブルに置いた。「出来ました」と言って渡された紙を基に、二人の命式を割り出してテーブルに並べた。

「これがお二人の命式です」
「はい」

「ご主人の今後の運勢を知りたいとの事でしたね」
「はい。もうすぐ世界戦があるんです」
「世界戦、と言いますと?」
「夫はボクサーで、世界チャンピオンになったんですけど、五度目の防衛戦で負けて王座を失いました」
「そうだったんですか」
「その後、引退したのですが、どうしてもボクシングが諦められなくて、再び復帰したんです。そして今度、チャンピオンに挑戦する事になりました」
「凄いですね。一度は引退したのに」
「はい。それで、今度の世界戦で、王座に返り咲く事が出来るかどうかを観てほしくて来ました」

そう言って彼女は、スマートフォンを取り出して、チャンピオンベルトを巻いた光星の画像を零美に見せた。

「これが夫の須藤光星です」
「はあー、格好良いですね」
「そうですか。ありがとうございます」
「ご主人は、とても優しい方ですね」
「そうですね。優しいです」
「サービス精神が旺盛で、誰かを喜ばせたいという思いでボクシングをされていらっしゃると思います」
「なるほど。そうかも知れません。もしかしたら、私のためかも知れませんね」

麻奈美は手を口に当てて、恥ずかしそうにしながら笑った。

「ご主人にとって今年は、今までの努力がいよいよ形となって表れる年です。そして何よりも、奥様が強運の持ち主で、奥様の命式とご主人の命式を重ね合わせると、ご主人の元々の弱点が強められます。ですから、今年は良い結果が出ると思います」
「では、世界チャンピオンになれますか?」
「なれますよ! 私には、ご主人がチャンピオンベルトを巻いて立っている姿が視えます」

零美は力強く答えた。その言葉を聞いた麻奈美は、目を瞑って胸に手を当てた。そして「良かった」とほっとしたように呟いた。

日本中のボクシングファンが見守る中、光星の世界戦はテレビで生中継された。そして、零美の予言通り、最後にチャンピオンベルトを巻いて立っていたのは光星だった。

そしてその数日後、光星は麻奈美の出産に立ち会っていた。初産のため長引いたが、麻奈美は無事に元気な男の子を産んだ。

「ありがとう、麻奈美」

光星は感激のあまり涙を流していた。

「お父さんになったね。おめでとう」

麻奈美は笑って右手を伸ばした。

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