第29話「どっちにするか悩む女」

朝、会社に着いた大橋郁美がエレベーターを待っていると、後ろから声が聞こえた。

「おはよう、大橋さん。今日も可愛いね」
「おはようございます、西岡さん」

そこにいたのは、営業部の西岡邦弘だった。グレーのスーツに赤いネクタイ、髪は短めで切れ長の目、胸板の厚さは学生時代に空手で鍛えて出来た。全女性社員の憧れの的であり、当然郁美も憧れの先輩だった。

顔を赤らめながら、二人っきりでエレベーターに乗った。西岡の身長は、百八十は優に超える。小柄な郁美は、話す時は見上げてしまう。

「今度さ、一緒に食事でもどう?」
「えっ?」

不意に食事に誘われ、驚いてしまった。

「いいんですか?」
「うん、何が食べたいか考えといて。じゃあ」

エレベーターが開き、西岡は四階で降りた。郁美は六階で降りるまで、憧れの先輩に誘われた驚きと喜びの感情を、一人エレベーターの中で爆発させていた。

その日の夕方、郁美は父親の誕生日を祝うため、自宅隣りのケーキ屋に寄った。

「こんばんは」
「ああ、こんばんは、郁美ちゃん。今日はお父さんの誕生日だったね」

出迎えたのは、父の同級生で夫と共にケーキ屋を営む、栗林かなえだった。そして店の奥から、かなえの息子で郁美の同級生の幸雄が出てきた。

「よお、郁美。誕生日おめでとう」
「ばか、誕生日はお父さんだよ」
「ははは、そうだった。郁美が俺と結婚してくれれば、俺のお父さんにもなるんだけどな」
「そうよ。郁美ちゃん、どう? 幸雄と一緒になって、ケーキ屋やらない?」
「えー? どうしようかなあ」
「おばさん、郁美ちゃんがお嫁さんだったら嬉しいな」
「えー?」
「俺も嬉しいよ」
「あんたはいいの!」

店中に三人の笑い声が響いた。幸雄は郁美の事が好きなのだが、郁美は幸雄に恋愛感情はなかった。高校時代に郁美の父を好きだったかなえは、郁美を好きな幸雄の事を応援していた。

父も母も幸雄の事を好意的に思っていて、家族ぐるみの付き合いではあるが、郁美だけがその気がなかったのである。

ある土曜日の午後、郁美は、友人に紹介されて零美の店にやってきた。「こんにちは」とドアを開けると、「いらっしゃいませ」と明るい声が響いた。

「大橋郁美様ですよね、どうぞ」
「はじめまして、よろしくお願いします」

郁美が席に着くと、コーヒーを二つ持って零美が席に座った。

「どうぞ」
「いただきます」
「大橋さんのお悩みは何ですか?」
「相性を観てほしい人が二人いるんですけど」
「じゃあ、あなたとそのお二人の名前と、生年月日を書いていただけますか?」

郁美が書いたものを基に、三人の命式を割り出してプリントアウトしてテーブルに並べた。

「お二人からお付き合いを申し込まれているんですか?」
「あっ、あのー、西岡さんは会社の先輩なんですけど、私の一方的な片想いです。栗林君は同級生なんですけど、彼から一方的に交際を申し込まれている感じです」
「なるほど」

零美はじっくりと、三人の命式を見比べた。

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「西岡さんはかなりモテる感じですね」
「はい。会社中の女性社員の憧れです」
「優しくて口が上手いんじゃないですか?」
「優しいです。うっとりするような言葉をかけてくれます」
「頭が良くて仕事も出来るでしょうね」
「はい」
「もしあなたが彼と付き合うとなったら、他の女性社員はどう思うでしょうか?」
「羨ましいって思うんじゃないですかね」
「嫉妬したり妬んだりするかも知れませんね」
「はい」
「モテるって事は、結婚しても誘惑してくる女性が出てくるかも知れませんね」
「はい。それはすごくそう思います。誰にでも優しいので」
「浮気や不倫を心配しながら生活するのもストレスが多いですね」
「きっとそうだと思います」
「では、こちらの栗林さんはどうでしょうか?」
「栗林君ですか。彼は、真面目で純粋で単純で、いつも同じ事ばかり言います」
「同じ事と言いますと?」
「俺と結婚しようよ、です」

郁美は、昔の事を思い出していた。親同士が仲が良く、小さい頃からよく一緒に遊びに行ったりした。海や山や川、幸雄とは兄弟のようにいつも一緒だった。

思春期になって、郁美が少し距離を置きたいなと思っても、幸雄の距離感は変わらなかった。幸雄や郁美の親たちは、二人はいつも一緒にいるのが当然だと思っているようだった。ただ、郁美だけがそう思わなかったのだ。

「あなたのご両親は、彼の事をどう思っていらっしゃるんですか?」
「自分の息子のように思っています。私の父は子どもたちに野球を教えていて、彼も野球をしていたので、父を手伝って教えています。普通にうちで一緒にお酒を飲んでいますし」
「じゃあ、ご両親も公認の仲なんですね」
「公認の仲もなにも、付き合っているわけじゃないんですけど」
「彼のご両親はあなたの事をどう思っているのかしら」
「娘のように良くしてくれます」
「そうですか。じゃあ、栗林さんがお勧めですね」
「えー? そうなんですか?」

西岡との相性ばかりを気にしていた郁美はがっかりした。幸雄との相性は、彼がしつこく言ってくるから、試しに聞いてみただけだったのだ。それなのに、幸雄の方が良いなんて。

「あなたと彼の御両親は、小さい頃からあなたたちを見てきたわけでしょ?」
「はい」
「長所も欠点もよく知っているわけですよ」
「そうですね」
「親は、どこまでも子どもの幸せを願っています」
「はい」
「その親たちが良いって言うんだから、これほど信頼できるものはないですよね」
「……確かに」

郁美は確かにそうだと思った。でも、占いにおいてはどうなのだろうか。

「あのー、四柱推命的にはどうなんですか?」
「命式で観ても、やっぱり栗林さんの方が良いです」
「そうですか……」
「好きな人を追いかけるよりも、好きだと言ってくれる人と一緒になった方が幸せになれますよ」
「……はい」

帰り道、郁美が歩いていると、ケーキ屋の名前が入った車が停まった。

「郁美!」
「幸雄君……」

零美に言われた事が頭に蘇って、郁美は急に意識し始めた。

「今、暇?」
「えっ? 暇と言えば暇だけど……」
「じゃあ、ドライブしようよ」
「えー? この車で?」
「いいじゃん。これから川に行こう!」

その時、夕陽が重なって幸雄が輝いて見えた。「結構良いかも知れない」と郁美は思った。

「よし、行こう。これ、デートだから奢ってね」
「デートかあ。そうだな。何が食べたい?」

郁美は助手席に乗った。

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投稿日:2018年12月11日 更新日:

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